徳や才能は、他者を導くためにこそ存在する
孟子は、人が天から与えられた「徳」や「才能」は、他者を教え導くために使われるべきものであると説いた。
中庸の徳を備えた者は、まだその徳に至らない人を助け、
才能ある者は、才能に乏しい者を導く――それが天の仕組みであり、人が果たすべき役割なのだと。
そのため、人々は「賢き父兄(導き手)」の存在を喜びとする。
しかし、中庸の徳を持つ者がそれを持たない者を見捨て、
才能ある者が無才の人を顧みず役立てようとしないなら、
その徳も才能も何の意味もなくなる。
そうなれば、賢者と愚者の間には、寸分の違いもなくなってしまう――孟子はそのように警鐘を鳴らす。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
中(ちゅう)は不中(ふちゅう)を養(やしな)い、才(さい)は不才(ふさい)を養う。
故(ゆえ)に人(ひと)、賢(けん)なる父兄(ふけい)有(あ)るを楽しむ(たのしむ)なり。
如(も)し中(ちゅう)は不中(ふちゅう)を棄(す)て、才(さい)は不才(ふさい)を棄(す)つれば、
則(すなわ)ち賢(けん)と不肖(ふしょう)の相(あい)去(さ)ること、其(そ)の間(かん)、寸(すん)を以(も)ってすること能(あた)わず。
注釈
- 中(ちゅう):中庸の徳。自己抑制と調和の徳。『論語』『菜根譚』にも多く登場。
- 不中(ふちゅう):中庸の徳がまだ備わっていない者。
- 才(さい)/不才(ふさい):才能のある者と、まだ育っていない者。
- 賢父兄(けんふけい):徳や能力を持ち、他者を導く模範的存在。
- 楽しむ(たのしむ):喜びとする、望ましいとする。
- 寸を以ってすること能わず:一寸の差すらない、つまり何の違いも見いだせなくなるという警句。
心得の要点
- 徳や才能は、自分のためでなく「人のため」にある。
- それを役立てないなら、持っていないのと同じ。
- 社会における「賢者」とは、他者を育てる存在である。
- 才能ある者ほど、天からの責任と期待を背負っている。
- 他者に尽くすことでこそ、徳と才は本物になる。
パーマリンク案(スラッグ)
- talent-serves-others(才能は他者に仕える)
- virtue-is-responsibility(徳は責任である)
- lead-by-uplifting(人を育ててこそ真の導き手)
この章は、教育者、リーダー、親、上司など「導く立場にある人」すべてに向けられた根源的な問いかけです。
原文:
孟子曰:
中也不中、才也不才、故人樂賢父兄也。
如中也棄不中、才也棄不才、則賢不肖之相去、其閒不能以寸。
書き下し文:
孟子(もうし)曰(いわ)く、
中(ちゅう)や不中(ふちゅう)を養(やしな)い、才(さい)や不才(ふさい)を養う。
故(ゆえ)に人(ひと)、賢(けん)なる父兄(ふけい)有(あ)るを楽しむなり。
如(も)し中は不中を棄(す)て、才は不才を棄つれば、則(すなわ)ち賢(けん)と不肖(ふしょう)の相(あい)去(さ)ること、
其(そ)の間(かん)、寸(すん)を以(もっ)てすること能(あた)わず。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 「中や不中を養い、才や不才を養う」
→ 能力ある者(中・才)は、能力の劣る者(不中・不才)を支え育てるものだ。 - 「故に人、賢なる父兄あるを楽しむなり」
→ だから人は、徳のある父や兄がいることを喜ぶのだ。 - 「もし中は不中を棄て、才は不才を棄つれば」
→ もし能力のある者が、能力のない者を見捨ててしまうならば、 - 「則ち賢と不肖の相去ること、其の間、寸を以てすること能わず」
→ 賢者と愚者の差は、わずか寸(約3cm)ほどにもならなくなる(=ほとんど差がなくなる)。
用語解説:
- 中(ちゅう):道徳的・人格的に優れている人。徳のある者。
- 不中(ふちゅう):徳に欠ける者。未熟な人間。
- 才(さい):能力のある人。
- 不才(ふさい):能力の乏しい者。
- 養う:導き、育て、支えること。
- 楽(たの)しむ:喜ぶ。理想とされる状態であること。
- 賢(けん)と不肖(ふしょう):道徳的・能力的に優れた人と劣った人。
- 寸(すん):きわめて短い距離の比喩。差異がほとんどないこと。
全体の現代語訳(まとめ):
孟子はこう言った:
「徳のある者は、徳のない者を育て、才能のある者は、才能のない者を支える。
だから人は、立派な父や兄がいることを喜ぶのだ。
だが、もし徳のある者が未熟な者を見捨て、才能ある者が無能な者を切り捨ててしまったら、
優れた者とそうでない者の違いなど、もはやほとんどなくなるだろう。」
解釈と現代的意義:
この章句の本質は、**「優れた者の義務は、劣る者を育てることにある」**という孟子の教育・道徳観にあります。
孟子は、単に優秀であることを誇るのではなく、他者を支え、導き、共に成長する姿勢こそが“真の賢者”であると説いています。
見捨てることは簡単だが、それでは社会全体の徳も能力も育たず、その人の“優れている”という立場も一瞬で崩れうるという警告でもあります。
ビジネスにおける解釈と適用:
- 「優秀な人ほど、周囲の育成に責任を持つべき」
能力ある人がチーム内で自分だけ成果を出し、他を見捨てれば、組織全体は停滞する。
共に成長させることが“真の能力者”の証。 - 「リーダーの価値は、成果でなく“育成”で測られる」
チームを引っ張る人ほど、他人を成長させる責任がある。
教えずに切り捨てるリーダーは、リーダー失格。 - 「周囲を育てない“賢者”は、賢者ではない」
誰かが自分を育ててくれたように、自分も誰かを支える責任がある。
そうでなければ、その“賢さ”には持続性も敬意も伴わない。
ビジネス用心得タイトル:
「優れた者の義務──“育てる力”が真の賢者をつくる」
この章句は、人材育成・リーダーシップ開発・社内教育文化の形成において中核となる理念を示します。
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