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才能を尽くし、規範に学ぶ。そこに真の知恵が宿る

孟子は、聖人とは才能だけで成し遂げる人ではなく、自らの力を尽くしたうえで、正しい規範を活用する者だと説いた。
目を尽くして見ても、さらに定規や水準器を使ってこそ、四角いもの、円いもの、平らでまっすぐなものを自在に作ることができる。
耳を尽くして聴いても、調子笛を使ってこそ五音を正しく調律できる。
そして心を尽くして思考し、そこに「人の不幸を見ていられない」気持ちを土台とした仁政を施すことで、聖人の仁は天下を覆うに至る。

孟子は、「高いものをつくるには丘陵を、低いものをつくるには川や沢を活かす」とたとえ、政治においても先王の道に従うことが最良だと説く。
自力に溺れず、基準を学び、活かす。それが真の賢者の姿である。


目次

原文(ふりがな付き)

聖人(せいじん)既(すで)に目(め)の力(ちから)を竭(つ)くし、之(これ)に継(つ)ぐに規準縄(きじゅんじょう)を以(も)てす。
以(も)て方員平直(ほういんへいちょく)を為(な)すこと、用(もち)うるに勝(た)うべからず。
既(すで)に耳(みみ)の力を竭(つ)くし、之に継ぐに六律(りくりつ)を以てす。
五音(ごおん)を正(ただ)すこと、用うるに勝うべからず。
既に心思(しんし)を竭し、之に継ぐに人(ひと)に忍(しの)びざるの政(まつりごと)を以てす。
而(しか)して仁(じん)、天下(てんか)を覆(おお)う。

故(ゆえ)に曰(い)わく、高(たか)きを為(な)すには必(かなら)ず丘陵(きゅうりょう)に因(よ)り、下(ひく)きを為すには必ず川澤(せんたく)に因る。
政(まつりごと)を為すに先王(せんのう)の道(みち)に因らずんば、智(ち)と謂(い)うべけんや。


注釈

  • 準縄(じゅんじょう):水準器と墨縄。建築や測量に用いる、正しさの基準を取る道具。
  • 方員平直(ほういんへいちょく):「方」=四角、「員(円)」=丸、「平」=平ら、「直」=まっすぐ。物の形の正確さ。
  • 勝うべからず(あたわず):使い尽くすことができないほど多く活用できる。つまり、困ることがない。
  • 忍びざる(しのびざる):「人の不幸を見ていられない」という心情。孟子の仁政思想の根幹。
  • 故に曰く:孟子自身の言葉と解されるが、ことわざ引用とする説もあり。

原文

人既竭目力焉、繼之以規矩準繩、以為方圓平直、不可勝用也。
既竭耳力焉、繼之以六律、正五音、不可勝用也。
既竭心思焉、繼之以不忍人之政、而仁覆天下矣。
故曰、為高必因丘陵、為下必因川澤、為政不因先王之道、可謂智乎。


書き下し文

人、既(すで)に目の力を竭(つ)くし、之(これ)に継(つ)ぐに規矩準繩(きくじゅんじょう)を以(も)てす。以(もっ)て方円平直(ほうえんへいちょく)を為(な)すこと、用(もち)うるに勝(た)うべからず。
既に耳の力を竭くし、之に継ぐに六律(りくりつ)を以てす。五音(ごおん)を正(ただ)すこと、用うるに勝うべからず。
既に心思(しんし)を竭くし、之に継ぐに人に忍(しの)びざるの政(まつりごと)を以てす。而(しか)して仁、天下を覆(おお)う。
故(ゆえ)に曰く、高きを為(な)すには必ず丘陵(きゅうりょう)に因(よ)り、下きを為すには必ず川沢(せんたく)に因る。
政(まつりごと)を為すに先王(せんのう)の道に因らずんば、智(ち)と謂(い)うべけんや。


現代語訳(逐語/一文ずつ)

  • 人は視力を使い尽くしたあと、定規・コンパス・水準器(規矩準繩)を用いて、正確な四角・円・平面・直線を作る。それは非常に役立つ道具である。
  • 聴力を使い尽くした後は、六律(音律の基準)によって五音を正しく調えることができる。それも極めて有効である。
  • 思考を尽くした後には、「人に忍びざるの政」(民を苦しめるのに耐えられないという情から生まれた政治)によって、仁が天下に及ぶようになる。
  • だから、「高所を築くには丘や山に依り、低地を造るには川や沼に依るように、政治を行うには必ず先王の道に依らなければならない。
    それなくして、賢いといえるだろうか?」と説かれているのである。

用語解説

  • 規矩準繩(きくじゅんじょう):製図用のコンパス・定規・水準器・直線定規など。測定や構造物の整合性を保つための道具。
  • 方円平直(ほうえんへいちょく):四角・円・平面・直線。理想的な形・構造。
  • 六律(りくりつ):古代中国の音楽における音階・音律の体系。
  • 五音(ごおん):宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)という基本音。
  • 不忍人之政(ひとにしのびざるのまつりごと):人々の苦しみに耐えられず、それを救おうとする仁政のこと。孟子の政治理念の中心。
  • 仁覆天下(じん てんかをおおう):仁愛の政治が天下に広がり行き渡る。
  • 因丘陵・因川澤:自然の地形を活かすように、政治も先王の知恵という“自然な基盤”を活かすべしという比喩。
  • 智(ち):真の知恵。ここでは「正しい原理原則に基づく政治的判断」。

全体の現代語訳(まとめ)

人は目を使い切ったあとでも、定規やコンパスなどの道具を使えば、正確な図形を描ける。
耳を使い切ったあとでも、音律の基準を使えば、音を正しく調整できる。
心を尽くしても思いが足りなければ、「人が苦しむのを見るに忍びない」という思いに基づいた政治をすれば、仁愛の心が天下に広がる。

だからこそ、物事を高く築くには丘や山に依り、低いところを作るには川や沢に依るように、
政治を行うには必ず古の賢者たちの道に依らなければならない。
それを無視して行う政治は、果たして“知恵ある行い”と言えるだろうか?


解釈と現代的意義

孟子のこの章句は、「自己の限界を認め、先人の知恵に学び、活用せよ」という謙虚で合理的な態度を説いています。

  1. 人の能力には限界がある
     → どんなに優れた人でも視力・聴力・思考力には限界がある。それを補うのが「基準」や「原則」である。
  2. 政治は“情”と“理”の融合
     →「仁愛」だけでも「制度」だけでも成り立たない。仁愛(人に忍びざる心)に基づいた制度設計・政策運用が不可欠。
  3. “高み”を目指すには“基盤”が必要
     → 実務においても、改革や挑戦は「原則」に則ってこそ成功する。先王の道(=原理原則)は、不変の成功法則とされている。

ビジネスにおける解釈と適用

1. 個人の能力を補完する「仕組み」や「ルール」

  • 社員一人ひとりが優秀でも、明確なルールや仕組み(規矩準繩)がなければ組織は成果を上げられない。
  • チームワークの“整流器”としての業務フロー・プロトコルを整備すべき。

2. 感情を出発点としつつ、制度として設計する

  • 「顧客の不満を見て放っておけない」「社員の苦しみを無視できない」──これは組織としての“仁”の出発点。
  • そこから制度化・仕組み化し、広く恩恵を行き渡らせることで、“仁覆天下”が実現する。

3. 変革・挑戦は“先王の道”に学ぶ

  • 新しい制度や改革を打ち出す際には、先例・過去の成功事例・理念に立ち返るべし。
  • 歴史あるベストプラクティスに学ばずして、真の成功や持続的成長は望めない。

ビジネス用心得タイトル

「基準なき理想は空論──“仁の思い”を制度に落とし込む力」


この章句は、現代の組織運営・制度設計・リーダーシップの本質に深く通じるものがあります。

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