斉の宣王は、孟子にこう尋ねた。
「世間の人々は皆、明堂など壊してしまえと言っている。
私もそうした方がよいのだろうか。先生はどう思われますか?」
明堂とは、かつて周の天子が諸侯を集めて政治を執り行った場所。
諸侯の前で政令を発し、天下の秩序を整える象徴的な政治空間であった。
この建物が今は使われず、維持費もかさむことから、壊してしまおうという声があがっていたのである。
孟子はこう答える。
「明堂とは、王者の政治を行う者の堂です。
王がもし、王者の道を行おうとする志を持っているのなら、それを壊してはなりません。」
つまり、問題は「建物の有無」ではない。
それが意味するのは——
- 王が真に王道を志すかどうか
- 自らを王者たらしめる覚悟があるかどうか
明堂を壊すとは、自ら王道を放棄する宣言に等しい。
その重みを踏まえ、孟子は宣王に「壊してはならない」と諫めたのである。
ふりがな付き原文と現代語訳
「斉(せい)の宣王(せんのう)、問(と)うて曰(い)わく、
人(ひと)皆(みな)我(われ)に明堂(めいどう)を毀(こわ)てと謂(い)う。諸(これ)を毀たんか、已(や)めんか。
孟子(もうし)、対(こた)えて曰(い)わく、夫(そ)れ明堂(めいどう)なる者(もの)は、王者(おうじゃ)の堂(どう)なり。
王(おう)、王政(おうせい)を行(おこな)わんと欲(ほっ)せば、即(すなわ)ち之(これ)を毀(こわ)つこと勿(なか)れ」
現代語訳:
斉の宣王が孟子に問うた。
「人々は皆、明堂など壊してしまえと言っている。私も壊すべきだろうか、それともやめるべきか?」
孟子は答えた。
「明堂というものは、王者が政治を行うための堂です。
もし王が、王政――すなわち徳に基づく統治――を行いたいとお思いなら、決して壊してはなりません」
注釈
- 明堂(めいどう)…周王朝の政治的象徴建築。天子が諸侯を集め、政治を行う場所。
実用的というよりは、政治的正統性と王者の理念を示す象徴施設。 - 毀(こわ)つ…破壊する。ここでは取り壊しを意味する。
- 王政(おうせい)…孟子が理想とする「王道政治」。徳に基づき、民を思う統治のこと。
- 已(や)む…やめる。思いとどまる。
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(王者の象徴)destroy-or-aspire
(壊すか、志すか)hall-of-righteous-rule
(王道の殿堂)
この章は、形あるものの背後にある「志」を問う、孟子の政治思想の核心的な部分です。
「壊すかどうか」を問うことは、実は「あなたは王道を志すのか、諦めるのか」を問うているに等しいのです。
孟子は、単なる建物の存廃を超えて、統治者の覚悟と理想を明堂に投影させているのです。
1. 原文
齊宣王問曰:
人皆謂我毀明堂、毀諸、已乎。
孟子對曰:
夫明堂者、王者之堂也。
王欲行王政、則勿毀之矣。
2. 書き下し文
斉の宣王(せんおう)問うて曰(いわ)く:
「人皆(みな)、我(わ)が明堂(めいどう)を毀(こわ)せと謂(い)う。
これを毀たんか、やめんか。」
孟子(もうし)対(こた)えて曰く:
「夫(そ)れ明堂なる者は、王者(おうじゃ)の堂(どう)なり。
王、王政(おうせい)を行(おこな)わんと欲(ほっ)せば、
すなわちこれを毀つこと勿(なか)れ。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 宣王:「みんなが、私に“明堂を壊せ”と言っている。壊すべきか?やめるべきか?」
- 孟子:「明堂というのは、本来“王者”のための堂である。
- もしあなたが“王道政治”を実践しようとお考えなら、
- その明堂は決して壊してはなりません。」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
明堂(めいどう) | 古代中国における天子の象徴的な建物。祭祀や政務の場。理想の王政(徳治)の象徴とされた。 |
王者(おうじゃ) | 天下を道徳によって治める理想的支配者。 |
王政(おうせい) | 武力や権力でなく、「仁・義・礼」によって行う政治(=徳治主義)。 |
毀(こわす) | 物理的に壊すだけでなく、「否定する」「放棄する」の意味も含む。 |
已乎(やめようか) | やめようか、という自問自答。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
斉の宣王が孟子に尋ねた:
「人々が“明堂(王の象徴となる建物)を壊せ”と私に言うのだが、
本当に壊すべきだろうか?それともやめるべきだろうか?」
孟子は答えた:
「明堂とは、本来“王者=徳で治める者”のための建物です。
もし王が、民を思い、徳をもって治める政治(王政)を目指されるのであれば、
明堂は壊すべきではありません。
それは、王の志の象徴なのです。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「志のある者は象徴を捨てるな」**という重要なメッセージを持っています。
孟子は、形式や施設そのものを否定していません。
逆に、**「志ある行動がともなうならば、それは“形骸”ではなく“象徴”となる」**ことを強調しています。
つまり、「明堂」は単なる建物ではなく、
王としての責任、理想、理念を形にしたものであり、
それを壊すということは、「徳治の志そのものを捨てる」行為に等しいのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「理念を象徴する制度や文化を安易に壊すな」
- 会社の“理念室”や“創業精神の石碑”など、形式的に見えるものも、
トップの志を表す象徴として意味を持ち得る。
✅ 「“象徴の廃止”は、メッセージとして逆効果になることがある」
- 「古臭いから壊す」「効率的でないからやめる」という理由で、
理念や文化の象徴を消すと、社員の誇りや帰属意識が揺らぐ可能性がある。
✅ 「形より“心”が大切だが、“心”を示すのが“形”である」
- 明堂のような象徴は、
「私は王道を行う」という内面の志を可視化する重要な手段。
それを活用するかどうかは、リーダーの“志”次第。
8. ビジネス用の心得タイトル
「志ある者は、象徴を壊さない」
──理念を体現する“かたち”を捨てるか守るか、それがリーダーの分かれ道
この章句は、制度・儀礼・文化をどう扱うかについて、
非常に現代的な示唆を与えてくれます。
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