孟子は、**天下の人々から賞賛され、王たる地位に上り詰めた舜(しゅん)**の心の在り方に注目し、
「本当の喜び」「真の充実」とは何かを問い直す。
「天下すべてが悦んで舜に帰服しても、
それだけでは舜は何の喜びも感じなかった。
それは、まるで草や芥(あくた)のように思えたのだ」
なぜなら、親に認められてこそ人間であり、
親に悦ばれてこそ、子であると思っていたからである。
◆ 舜の「大孝」――父・瞽瞍を変えた感化力
舜の父・**瞽瞍(こそう)**は、舜を憎み、殺そうとさえした人物であった。
しかし舜は、
- 親に仕える道を尽くし続け、
- 決して怨まず、逃げず、抗わず、
- 真心と誠意を持って、父の心に寄り添い続けた。
やがて瞽瞍の心は変わり、
真に舜の孝を理解し、心から悦ぶようになった。
そしてこの変化は、天下の人々に感化を及ぼした。
「瞽瞍が悦びを得たとき、天下が化(か)された。
父子の道は、これにより確立された」
これが、孟子が称える**「大孝」**である。
◆ 教訓:社会的成功と家庭的和合は両立すべきである
孟子がこの章で伝えるのは、以下のような価値観である:
- どれほど仕事で成功しても、家族に認められないなら人として何かが欠けている
- 親子関係が定まってこそ、社会(国家)も安定する
- 「家」をおろそかにして「天下」を治めることはできない
すなわち、家庭と社会、私と公を切り離すことなく「両立」させることこそ、理想的な人生であると説いている。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く:
天下(てんか)大(おお)いに悦(よろこ)んで、将(まさ)に己(おのれ)に帰(き)せんとす。
天下、悦んで己に帰するを視(み)ること、猶(なお)草芥(そうかい)のごとし。
惟(ただ)舜(しゅん)を然(しか)りと為(な)す。
親に得(え)られざれば、以(もっ)て人と為すべからず。
親に順(したが)われざれば、以て子と為すべからず。
舜、親に事(つか)うるの道を尽(つ)くして、
瞽瞍(こそう)、予(よろこ)びを底(いた)す。
瞽瞍、予びを底して、天下化(か)せり。
瞽瞍、予びを底して、天下の父子たる者、定(さだ)まれり。
此(こ)れを之(これ)「大孝(たいこう)」と謂(い)う。
注釈
- 草芥(そうかい):草やごみ、ちりのように価値がないもの。比喩的に「どうでもいい成功」。
- 惟(ただ)舜を然りと為す:舜だけがこのように考えた、または「そのように考える人はそうである」
- 得られず/順われず:親に認められず/親に悦ばれず
- 瞽瞍(こそう):舜の父。目が不自由で、非常に厳格で冷酷な人物とされる
- 化す:教化される。感化され、道徳的に正されること
- 定まる:秩序が定着すること
パーマリンク案(英語スラッグ)
- success-is-nothing-without-family(家庭なき成功は虚しい)
- great-piety-inspires-the-world(大孝は天下を動かす)
- from-parental-joy-to-national-order(親の悦びが天下の秩序に)
- the-family-first-then-the-world(家を治めて天下を治む)
この章は、孟子思想の核心ともいえる**「内に孝ありて、外に仁あり」**の精神を象徴しています。
仕事や社会的成果にどれほど恵まれようと、
家庭、特に親との和合・信頼があってこそ、それが真に意味を持つのだという孟子の温かな厳しさが胸に迫る章です。
原文
孟子曰、「天下大悅而將歸己、視天下悅而歸己、猶草芥也。惟舜爲然。不得乎親、不可以爲人;不順乎親、不可以爲子。舜盡事親之道、而瞽瞍底豫、瞽瞍底豫、而天下化、瞽瞍底豫、而天下之爲父子者定。此之謂大孝。」
書き下し文
孟子曰く、
「天下大いに悦びて将に己に帰せんとす。天下の悦びて己に帰するを視ること、猶お草芥のごとし。惟だ舜を然りと為す。親に得られざれば、以て人と為すべからず。親に順(したが)わざれば、以て子と為すべからず。舜、親に事うるの道を尽くして、瞽瞍(こそう)喜びを得たり。瞽瞍喜びを得て、天下化す。瞽瞍喜びを得て、天下の父子たる者定まる。此れを之れ大孝と謂う。」
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 「天下の人々が大いに喜び、舜に従おうとした。」
- 「しかし舜は、それを草や芥(ちり)のように軽く見た。」
- 「ただ舜だけがこのような人であった。」
- 「親に認められなければ、人間として成り立たない。」
- 「親に従わなければ、子としても失格である。」
- 「舜は親への奉仕の道を尽くし、盲目の父・瞽瞍もついには心安らかになった。」
- 「父が安らかになることで、天下の人々も感化された。」
- 「父が安らかになることで、天下の父子の関係が安定した。」
- 「これを“大孝”という。」
用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
草芥(そうがい) | 草やごみのように軽く価値のないもの。 |
惟(ただ)~のみ | 限定を示す語。「ただ~だけが」と訳される。 |
順(したが)う | 親に従う・尊ぶという意味。儒家では親への服従・敬愛は最大の徳とされる。 |
瞽瞍(こそう) | 舜の父。目が見えず、性格も横暴であったとされる。 |
底豫(ていよ) | 安んじ楽しむこと。ここでは舜の孝行により心が穏やかになった様子。 |
化(か)す | 教化する、感化する。良き影響を与える。 |
大孝(たいこう) | 最大の孝行。単なる親への奉仕にとどまらず、社会全体に及ぼす感化を含む。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「舜が天下の人々から慕われたとき、彼自身はそれを取るに足らぬこととして軽く見ていた。
舜だけがそのような謙虚で徳の高い人であった。
人はまず親に認められてこそ“人”であり、親に従わなければ“子”ではない。
舜は盲目で頑なな父・瞽瞍に対しても、誠心誠意尽くして仕え、ついにその心を和らげた。
その徳が広まり、天下は舜の行いに感化され、父子の関係も安定した。
これこそが“大孝”と呼ばれるものである。」
解釈と現代的意義
この章句は、「孝」の根本的な意義と社会的効果を説いています。
- 家庭内の徳が社会を動かす基礎であるという孟子の核心的な思想。
- 舜のように、自らの地位や成功よりも、まず親の心を安んじることに努めた姿勢が「大孝」とされる。
- 孝は単なる私的倫理にとどまらず、公的秩序と社会安定の基礎であるという点が特筆されます。
ビジネスにおける解釈と適用
● リーダーシップの出発点は「身近な信頼」から
- 社員・部下に慕われるよりも、まず家庭や身近な人に信頼される人間になることが真のリーダー。
- 親や家族との関係は、誠実さや謙虚さの基盤。そこに矛盾のある人が組織全体を導くのは難しい。
● 影響力の根源は「内なる徳」にある
- 舜は天下が従ってきても慢心せず、あくまで親への誠を貫いた。
- 地位や名声を追うのではなく、人格に根差す信頼が本物の影響力を生む。
● 組織文化にも「孝的モデル」が有効
- 「部下を育てる=子を導く」、「上司を立てる=親を敬う」という視点から、健全な上下関係を築くモデルが見えてくる。
- 感情的な対立ではなく、徳による「和」の形成が、持続的で安定した組織をつくる鍵。
ビジネス用心得タイトル
「“大孝”の心で信頼を築け──徳が育む持続的リーダーシップ」
孟子が説く「孝」は、単なる親への奉仕を超えて、社会と時代に“調和”をもたらす力です。
ビジネスの世界でも、家庭的・倫理的な根の深さが、最終的には「人を動かす力」へと昇華していくのです。
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