孔子は、弟子の仲弓(ちゅうきゅう)について、「彼は政治を任せられる器である」と称えた。
その仲弓が、ある人物(子桑伯子)のことをどう思うかを尋ねたところ、孔子は「おおらかな人物であろう」と答えた。
これに対して仲弓は、「自分に対しては慎み深く、他人にはおおらかであるなら理想的だが、自分にも他人にもただおおらかでこせこせしていないだけでは、問題である」と返した。
孔子もその意見に深くうなずいた。
つまり、単に寛容であるだけでは不十分で、自分には厳しく、他人には優しくあることが人の上に立つ者に求められるという教えである。
リーダーに必要なのは、節度ある慎みと人を包む寛容さ――そのバランスなのだ。
ふりがな付き原文
子(し)曰(いわ)く、雍(よう)や南面(なんめん)せしむべし。
仲弓(ちゅうきゅう)、子桑伯子(しそうはくし)を問う。
子(し)曰(いわ)く、可(か)なり。簡(かん)なり。
仲弓(ちゅうきゅう)曰(いわ)く、敬(けい)に居(お)りて簡(かん)を行(おこな)い、以(もっ)て其(そ)の民(たみ)に臨(のぞ)むは、亦(また)可(か)ならずや。
簡(かん)に居(お)りて簡(かん)を行(おこな)うは、乃(すなわ)ち大(おお)いに簡(かん)なる無(な)からんや。
子(し)曰(いわ)く、雍(よう)の言(い)うこと然(しか)り。
注釈
- 雍(よう):仲弓のこと。本名は冉雍(ぜんよう)、孔子の弟子で人格者とされる。
- 南面(なんめん):政治を行う者の立場。転じて、リーダーとしての資質があるという意味。
- 簡(かん):こせこせしない。おおらかで寛容。
- 敬に居りて簡を行う:自らには慎みと緊張感を持ちつつ、他人に対しては寛容で接すること。
- 簡に居りて簡を行う:自分にも他人にも甘くなる状態。統治者としての資質に欠ける。
1. 原文
子曰、雍也可使南面。仲弓問子桑伯子。子曰、可也、簡。
仲弓曰、居敬而行簡、以臨其民、不亦可乎。居簡而行簡、無乃大簡乎。
子曰、雍之言然。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、雍(よう)や南面(なんめん)せしむべし。
仲弓(ちゅうきゅう)、子桑伯子(しそうはくし)を問う。
子(し)曰(いわ)く、可(か)なり、簡(かん)なり。
仲弓(ちゅうきゅう)曰(いわ)く、敬(けい)に居(お)りて簡(かん)を行(おこな)い、以(もっ)て其(そ)の民(たみ)に臨(のぞ)むは、亦(また)可(か)ならずや。
簡(かん)に居(お)りて簡(かん)を行(おこな)うは、乃(すなわ)ち大(はなは)だ簡(かん)なる無(な)からんや。
子(し)曰(いわ)く、雍(よう)の言(げん)然(しか)り。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 子曰く、雍や南面せしむべし。
→ 孔子は言った。「雍(=冉雍)は、君主の地位につかせることができる人物である。」 - 仲弓、子桑伯子を問う。子曰く、可なり、簡なり。
→ 仲弓(冉求)が、子桑伯子について尋ねると、孔子は「よい人物だ。物事を簡素に処理する」と答えた。 - 仲弓曰く、敬に居りて簡を行い、以て其の民に臨むは、亦た可ならずや。
→ 仲弓は言った。「内心に敬意を保ちつつ、外見では簡素に対応して民に臨むなら、それでよいのではありませんか。」 - 簡に居りて簡を行うは、乃ち大だ簡なる無からんや。
→ 「しかし、心の中も外も簡素では、あまりにも行き届かないのではありませんか?」 - 子曰く、雍の言うこと然り。
→ 孔子は言った。「雍の言ったことは正しい。」
4. 用語解説
- 南面(なんめん):君主が座る方角。君主の地位・立場にあることの象徴。
- 雍(よう):孔子の弟子・冉雍(ぜんよう/字は仲弓)のこと。
- 仲弓(ちゅうきゅう):冉雍の字(あざな)。孔子門下の優れた人物。
- 子桑伯子(しそうはくし):儒家の一人で孔子の知人。詳細不明。
- 簡(かん):「簡素」「簡潔」を意味し、物事を煩雑にせず、筋道を立てて行うこと。
- 居敬(きょけい):心の中に敬意や慎みを保っている状態。
- 臨民(りんみん):人民を統治し、接すること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は言った。
「冉雍(仲弓)は、君主として民を治めることができる器量のある者だ。」
仲弓は子桑伯子の人柄を尋ねると、孔子は「適任だ。物事を簡素に処理する人だ」と評した。
仲弓はさらに、「敬意を持ちつつ簡素に政治を行い、民に接するのは望ましいことですが、心も態度もすべてが簡素すぎると、粗略になってしまうのではありませんか?」と問うた。
これに対して孔子は、「雍の言うこと(=内に敬、外に簡)はまさに正しい」と認めた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**リーダーシップにおける「敬と簡のバランス」**を説いた重要な教訓です。
- **「内に敬、外に簡」**とは、上に立つ者が心の中では誠実に人々を敬い、外に表す態度は威圧的でなく、簡素であるべきだというリーダー像を描いています。
- 表面的な豪華さ・煩雑さよりも、本質を大切にすることが、真に民を納得させ、信頼される統治(マネジメント)につながるという思想です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
● 「内に敬、外に簡」──管理職・リーダーの基本姿勢
- 敬=誠意あるリスペクト
部下・取引先に対して内心からの敬意をもって接する。上から目線や操作的態度を避ける。 - 簡=実用的で明快な指示
過剰な手順や形式ではなく、誰にとってもわかりやすく、無駄を排した行動を重視する。
● 「簡に居りて簡を行う」は要注意
- 極端な“効率重視”“合理化”だけを追い、心のこもらない対応・感情の省略に陥ると、「人を動かす力」を失う。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「誠を内に、簡を外に──信頼されるリーダーの原点」
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