まず考えるべきなのは、主要な敵を打ち負かすために、どの問屋や小売店を選ぶべきかという点だ。
問屋を選定する際、市場戦略の観点から考えると、クローズドテリトリー(地域内一社)にするのか、オープンテリトリー(地域内複数社)にするのかという選択肢が出てくる。
クローズドテリトリーの場合は非常に分かりやすい構造だ。問屋にとっては専属扱いされることでプライドが満たされ、機嫌も良い。一方で、自社の商品同士の競合が起こらない点もメリットと言える。しかし、それだけで安心するのは早計だ。問屋が積極的に売り込んでくれる保証はないし、価格が下がらないとも限らないからだ。
以前「販売戦略・市場戦略」について触れた際にも述べたように、問屋は我が社に忠誠を尽くしているわけではなく、自社に対する利益や目標に忠誠を誓っていることを忘れてはならない。問屋が積極的に売る気になるのは、自社全体や特定の事業部、営業所の売上高において、その商品が1%以上を占めるようになったときだ。また、個人の嗜好や我が社との人間関係も影響を与える要因となる。
値崩れのリスクについても、自社の商品同士の競合が避けられたとしても、他社製品との競争が常に存在することを忘れてはならない。また、問屋には得意分野と不得意分野がある点も見逃せない。たとえば、デパートに強いがスーパーには弱い、都市での展開には強いが郡部では力不足、といったケースが珍しくない。こうした場合、不得意なエリアや販路がそのまま手薄になり、結果として補いようのない欠陥が生じることになる。
長期的な視点で見ると、問屋自体の盛衰や経営者の代替わりによる方針転換といった変化が避けられない。こうした状況に直面した際、クローズドテリトリーの体制は柔軟に対応しづらいという弱点がある。
さらに、大問屋が各地に支店や営業所を持っている場合、そこで商品が販売されると、その地域にはすでに自社の既存の得意先が存在しており、結果的にクローズドテリトリーの体制が崩れることがある。しかし、その問屋を避けた場合、他に適切な問屋が見つからないという問題に直面することも多い。クローズドテリトリーはこうした複雑な課題を内包している。
とはいえ、クローズドテリトリーが必ずしも悪いわけではない。非常に効果的に機能する場合もある。たとえば、M社は高級階段セットという競争力のある商品を持ち、それを完全なクローズドテリトリー方式で販売し、大きな成功を収めている。この成功の背景には、発売当初から明確な方針を打ち出し、それを一貫して実行してきた点がある。
M社では、事前に市場調査を徹底的に行い、その結果をもとにテリトリーを設定し、取引する問屋を慎重に選定している。さらに、その問屋と交渉を始める際には、決して社員任せにすることはなく、必ず社長自らが訪問し、相手方の社長と直接面会する。ここで、社長同士による話し合いが行われ、双方の信頼関係を築くことに重点が置かれている。
商品の説明をする際、M社が重視しているのは、相手に在庫負担、つまり資金負担をかけない仕組みを提案することだ。具体的には、現物見本だけを置いてもらい、商品が売れた際に連絡をもらえれば、即座に宅急便で発送するという形を取る。この方法は問屋にとって非常に魅力的で、リスクを最小限に抑えながら取り扱える点が評価される。「お客様の立場に立つ」とは、まさにこうした柔軟で実効性のある対応を指すのだろう。
さらに、「テリトリーについては、ここに限定してほしい。この範囲を越えると他の得意先に迷惑がかかる。しかし、その代わりとして、あなたの会社のテリトリーには他社が一切入らないようにする」と、初めから明確に取り決めを行う。このように、取引条件やテリトリーの範囲を明示しておくことで、双方の信頼関係を強化し、トラブルを未然に防ぐ仕組みを整えている。
この方針は問屋から高く評価され、非常にうまく機能している。その成功の鍵は、方針の明確さと意思表示の明確さにある。この二つがはっきりしていないことこそが、多くの日本企業が抱える弱点だ。社長が市場戦略について何の方針も示さず、販売部門に「任せる」と言うだけでは、まるで無責任な馬鹿殿様と呼ばれても仕方がない。市場戦略におけるリーダーシップと方向性の提示が、成功への不可欠な要素である。
オープンテリトリーでは、そのメリットとデメリットがクローズドテリトリーとは逆になる。流通業者にとってテリトリーを独占できない状況は不満の種となることが多い。その結果、業者間での競争が激化し、同士打ちが発生するだけでなく、値崩れのリスクも高まる。特にローカル市場では、地元の業者と東京や大阪の大手業者の支店や営業所が三つ巴、さらには四つ巴で競争する事態も起こり得る。このような状況では、メーカーの社長が直接調整に乗り出す必要があり、業者からの不平不満にも対応しなければならないケースが少なくない。
一方で、オープンテリトリーには業者の得意分野を活かし、市場活動の穴を埋めるという利点もある。たとえば、お役所関連に強い業者と民間企業に強い業者を組み合わせたり、都市部に強い業者と郡部に強い業者の両方と取引を同時に行うことで、それぞれの強みを最大限に活用できる。このように、多様な業者と連携することで市場全体を効率的にカバーすることが可能となる。
さらに、デパート、スーパー、専門店といった異なる業態にそれぞれ強い業者と取引することが可能になる点も、オープンテリトリーの大きなメリットだ。この自由度の高さは市場戦略を柔軟に展開できる利点をもたらす。一方で、クローズドテリトリーとオープンテリトリーのどちらが優れているかは、一概には決められない。最終的には、社長の状況判断と明確な方針によってどちらを選択するかが決まるべきものだ。
特に重要なのは、自社の市場戦略方針に基づき、主要な競合相手とどう戦うかという体制を整えることである。自社が市場の強者であれば、ナンバーワンの問屋やパートナーを選ぶことが可能だが、弱者の場合にはそれは難しい。弱者にとって現実的な選択肢は、ナンバーワンに対して強いライバル意識を持つナンバー2の業者と手を組むことだ。それでもさらに弱い立場の場合、もっと下位の業者を選ばざるを得ないこともある。市場での自社のポジションに応じた柔軟な選択が求められる。
強大なメーカーが市場のトップクラスである一位から三位までの業者を同時に活用しているケースも存在する。このように、さまざまなケースが考えられるが、どの状況でどの業者と組むべきかについて、絶対的な「正解」があるわけではない。最終的には、社長自身の市場理解と戦略的判断によって決定するしかないのだ。市場環境や自社の立場に応じた柔軟な決断が成功の鍵となる。
その判断の基礎となるのは、「戦いを有利に進めるにはどうするべきか」という一点に尽きる。ただし、一度判断を誤ると、その修正は容易ではないため、社長には市場戦略に関する深い理解と素養が求められる。また、的確な決断には十分な情報が必要だが、実際には「十分な情報」を完全に揃えることなどほぼ不可能である。そんな不確実な状況の中で、それでも決断を下さなければならないのが社長の責務であり、その覚悟が企業の行く末を左右する。
戦略地域内での流通業者またはエンドユーザーの選定と、戦略的格付けのプロセスは、戦略を成功に導くための重要な一環です。以下に、戦略的判断を行うための主要なポイントを整理します。
1. クローズドテリトリー(独占地域) vs. オープンテリトリー(競合地域)の選定
クローズドテリトリーの特徴
- 独占権の付与:地域内の1社に絞って取引するため、問屋側のプライドを満たしやすく、商品同士の競合や値崩れが発生しにくい。
- 問屋の協力意識:地域独占のため問屋の責任意識が高まりやすいが、積極的に売り込みを行うかは不確実。
- リスク:問屋の経営方針や後継者による方針変更で流通体制が揺らぐ可能性がある。また、クローズドであっても他地域の営業所などが販路に参入する場合、独占が崩れやすい。
オープンテリトリーの特徴
- 競争と柔軟性:複数の問屋や小売店と取引するため、自由度が高く、流通の強みを活かしてカバー範囲が広がる。
- 競争と調整:競合する問屋間で値崩れや競争が発生しやすく、メーカーの社長が調整に関与する必要がある。
- 広範囲な市場カバー:都市や地域ごとに得意な流通業者を選定し、デパート、スーパー、専門店といった複数の市場を同時に抑えることが可能。
2. 流通業者の選定基準
社長は戦略的判断を持って、「どの流通業者が主たる敵と競争する上で有利になるか」を見極める必要があります。そのため、以下のポイントを考慮します:
- 市場における強みと弱み:選定する問屋や小売店が得意とする分野(例:デパートに強い、都市部に強い)と弱み(例:スーパーに弱い、郡部での弱さ)を分析し、主力商品を適切な場所に流通させる。
- 競合相手の勢力に対抗できるか:流通業者がどの程度の勢力を持ち、自社商品を効果的に流通させる能力があるかを判断する。
- 資金や在庫負担:例として、M社の高級階段セット戦略のように、問屋に在庫負担をかけず、販売時に即納品できる体制を整えることで、問屋が安心して販売を進められる。
3. 戦略格付けの方法
戦略格付けでは、流通業者の位置づけと自社の目標達成に向けた優先度を定めます。
- 最重点取引先:市場シェアの獲得に欠かせない主要な流通業者。確保する地域の目安は占有率40%以上。
- 重点取引先:主要エリアで占有率25%以上を目指し、特定の競合に対抗する流通業者を選定。
- 現状維持取引先:10%以上の占有率を維持し、必要以上の追加投資を控えるエリアでの流通業者。
- 成行き地域取引先:市場の競争が激しく、占有率の変動が許容範囲内であれば積極的な戦力は投入しない。
- 拠点維持取引先:戦略的に地域を広げず、現状の拠点のみを維持する流通業者。
- 撤退・放棄地域:コストに見合わず、収益性が低いため、撤退や放棄を視野に入れる地域の取引先。
4. 判断基準と実行
戦略的な流通業者の選定と格付けには、社長の判断が不可欠であり、以下の点に留意します:
- 戦いを有利に進めるための体制:業者間の競争力、社長との意思疎通、そして地域内での優位性を発揮できるかを最優先に考えます。
- 決断力と情報収集:全ての情報を得るのは困難ですが、得られる情報を活かし、市場と競合の現状を十分に把握した上で、最も合理的で持続可能な選択を行います。
社長は、決定した流通戦略が効果的に遂行されるよう、社内での方針共有や流通業者との信頼関係構築にも尽力し、戦略の実行力を高める必要があります。
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