― 時を引き延ばす改革は、義の精神に反する
宋の大夫・戴盈之(たいえいし)が孟子に尋ねた。
「先生のおっしゃる井田法(什一税)を採用し、関所や市場の税を廃止する政策は、たしかに理にかなっているとは思いますが、今年中に急にすべて行うのは難しいでしょう。まずは軽減から始め、来年から本格的に実施するというのではどうでしょうか?」
これに対し、孟子はたとえ話を使って鮮やかに応じる。
「ある人が毎日隣の鶏を盗んでいた。そこで誰かが『それは君子のすることではない』と諫めた。するとその者は『では今年は月に一羽に減らし、来年にはやめましょう』と答えた――君はこの話をどう思うか?」
孟子の言わんとするところは明確だ。
「それが義に反していると分かっているなら、すぐにやめるのが正しい」。
改革もまた同じ。正しさが明らかであるなら、即刻行うべきであり、「来年から始める」という先送りは、義を後回しにする態度に他ならない。
「如(も)し其(そ)の義に非(あら)ざるを知(し)らば、斯(すなわ)ち已(や)むのみ」
― 不義と知ったなら、直ちにやめるべきだ
原文(ふりがな付き引用)
「如(も)し其(そ)の義に非(あら)ざるを知(し)らば、斯(すなわ)ち已(や)むのみ。何(なん)ぞ来年を待たんや」
― 義に反するとわかっているのに、なぜ来年まで延ばすのか
注釈
- 什一(じゅういち)…収穫の十分の一を税として納める制度。孟子が推奨した井田制に基づく税制。
- 関市の征(かんしのせい)…関所や市場で徴収する税。民に重い負担を強いていた。
- 攘む(ぬすむ)…盗むこと。たとえ話の「鶏泥棒」は、悪政をやめない為政者の比喩。
- 斯(すなわ)ち已む…すぐにやめる。迷いのない態度を表す表現。
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(不義と知れば即刻止めよ)delayed-justice-is-injustice
(正義の遅れは不正)fix-what-you-know-is-wrong
(間違いと知ればすぐ正せ)
この章では、孟子が改革や正義の実行に対していかに即断即行を重んじたかが鮮明に示されています。
先送りの方便を巧みに否定し、「義とは何か」を一貫して説く姿勢に、孟子らしい明快さと道徳的断固さが表れています。
1. 原文
戴盈之曰、「什一、去關市之征、今茲未能、請輕之、以待來年、然後已。如何。」
孟子曰、「今有人日攘其鄰之雞者、或告之曰、是非君子之道也。曰、請損之、月攘一雞、以待來年、然後已。如知其非義、斯速已矣、何待來年。」
2. 書き下し文
戴盈之(たいえいし)、曰く、
「什一にし、関市(かんし)の税を廃するのは、今年はまだ実行できません。
まず税を軽減して、来年に完全に廃止したいと考えますが、いかがでしょうか。」
孟子、曰く、
「今、ある人が毎日隣人の鶏を盗んでいたとして、
誰かがそれを諌めて“それは君子の道ではない”と言ったとする。
すると彼は、“では盗む回数を減らして、来年には完全にやめます”と言ったとしよう。
それが不義であると知っているならば、すぐにやめるのが道理だ。
なぜ来年まで待つ必要があるのか。」
3. 現代語訳(逐語)
戴盈之曰、什一、去關市之征、今茲未能、請輕之、以待來年、然後已。如何。
→ 戴盈之は言った。
「収穫の十分の一を税として取る制度や、市場での関税を廃止するのは、今年はまだ難しい。
まず軽減して、来年には完全廃止したいと考えています。どう思われますか。」
孟子曰、今有人日攘其鄰之雞者…
→ 孟子は答えた。
「今、毎日隣の鶏を盗んでいる者がいて、誰かが『それは君子のすることではない』と諫めたとしよう。
その者が“では毎月一羽だけ盗むようにして、来年には完全にやめる”と言ったとしたらどう思うか?」
如知其非義、斯速已矣、何待來年。
→ 「それが正しくないとわかっているなら、即刻やめるべきだ。
どうして“来年”などと引き延ばす必要があるのか?」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
什一(じゅういち) | 十分の一税。収穫物の1割を税として納める制度。 |
關市之征(かんしのせい) | 関所や市場に課される通行税・関税。 |
攘(じょう) | 盗む、掠め取る。 |
非義(ひぎ) | 道義に反する、不正であること。 |
君子之道 | 道徳的で正しい行い。 |
斯(これ)速已矣 | すぐにやめるのが当然である。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
戴盈之は、税制改革について「いきなりは無理なので、まず軽減して来年には完全廃止したい」と孟子に相談します。
孟子はそれに対して、隣人の鶏を盗む話を引き合いに出し、
「それが不義(正しくない)とわかっているならば、
来年まで待つ理由はなく、即刻やめるべきだ」と厳しく諫めます。
つまり、**“悪いと分かっているなら、段階的改善などせず、直ちにやめよ”**というのが孟子の考えです。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、道徳的判断と行動の一致、つまり「誤りと分かっているならば即時に改めよ」という厳しい倫理的立場を示しています。
- 道徳的に誤った政策(搾取的な課税など)は、準備が整っていないことを理由に続けてよいわけではない。
- 小出しの改善ではなく、誤りと認識した時点で即座に方向転換すべき。
- いかなる「段階的対応」も、根本的に間違っていることの“引き延ばし”でしかない。
7. ビジネスにおける解釈と適用
① 「不正・非効率を見逃す“改善”はただの先延ばし」
たとえば、不公平な契約、不透明な会計、顧客に不利な商習慣──
誤りと分かっていながら改善を小出しにするのは、責任逃れにすぎない。
② 「“いつか直す”は、信頼を損なう最大要因」
社会的にも企業内でも、“不義を認識しているのに即時に改めない”ことは信頼の崩壊を招く。
③ 「勇気ある即時是正が、改革と信頼を生む」
「わかっているけど来年から」という態度ではなく、
“今、改める”という姿勢こそが、リーダーシップと信念の証である。
8. ビジネス用心得タイトル
「正しくないと知ったなら、今すぐ改めよ──誤りに猶予はいらない」
この章句は、経営判断や組織改革において、
「タイミング」よりも「道義」を重視せよという教訓を与えてくれます。
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