自分の判断力や心の安定がまだ確立していないうちは、
俗世間――人の欲や騒がしさが満ちる場所――から距離を置くのが賢明だ。
欲望をかき立てるものを見ないようにして、心を乱さず、本来の静かな心を磨く。
そうして不動の心ができあがれば、今度はあえて世間に飛び込んで、多くの人々と交わるとよい。
そこでは、たとえ欲を誘うものを目にしても心は揺るがず、
逆に人と関わることで、自分の人格に“まるみ”や柔軟性を備えていけるようになる。
修養とは、「遠ざける」と「関わる」の両面を時に応じて使い分けることにある。
原文とふりがな付き引用
把握(はあく)未(いま)だ定(さだ)まらざれば、宜(よろ)しく迹(あと)を塵囂(じんごう)に絶(た)つべく、
此(こ)の心(こころ)をして可(よ)く欲(ほっ)すべきを見(み)ずして乱(みだ)れざらしめ、以(もっ)て吾(わ)が静体(せいたい)を澄(す)ます。
操持(そうじ)既(すで)に堅(かた)ければ、又(また)当に迹を風塵(ふうじん)に混(ま)ずべく、
此の心をして可欲(かよく)を見て亦(また)乱れざらしめ、以て吾が円機(えんき)を養(やしな)う。
注釈
- 把握未だ定まらざれば:自分の心をコントロールできる段階に至っていないならば。
- 塵囂(じんごう):俗世間。騒がしい世界。
- 静体(せいたい):本来の静かで純粋な心。心の本質。
- 操持(そうじ):信念や意志をしっかりと保つこと。内面の力。
- 風塵(ふうじん):世の中のまっただなか。人の交わる社会。
- 円機(えんき):円満な人格、柔軟で円滑に対応する知恵や働き。
1. 原文
把握未定、宜絕迹塵囂、此心不見可欲而不亂、以澄吾靜體。
操持旣堅、又當混迹風塵、此心見可欲而亦不亂、以養吾圓機。
2. 書き下し文
把握(はあく)未(いま)だ定(さだ)まらざれば、宜(よろ)しく迹(あと)を塵囂(じんごう)に絶(た)つべく、此(こ)の心をして可(か)欲(よく)を見ること無(な)くして乱(みだ)れざらしめ、以(もっ)て吾(わ)が静体(せいたい)を澄(す)ますべし。
操持(そうじ)既(すで)に堅(かた)ければ、又(また)当に迹を風塵(ふうじん)に混(ま)ずべく、此の心をして可欲を見るも亦(また)乱れざらしめ、以て吾が円機(えんき)を養(やしな)うべし。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「まだ心の把握が定まっていないなら、俗世の喧騒から離れるのがよい」
- 「心が欲望の対象を見ることなく、乱されないようにして、私の“静かな本体”を澄ませるのだ」
- 「一方で、自分の心の保ち方がすでに堅固になったなら、今度はあえて俗世の中に身を置くべきである」
- 「心が欲望の対象を見てもなお乱れないようにし、私の“円熟した知恵と機転”を養うのだ」
4. 用語解説
- 把握未定(はあくみてい):自己の心・姿勢・信念がまだ確立していない状態。
- 塵囂(じんごう):俗世の喧騒、人の声や欲望が満ちた世界。
- 静体(せいたい):静かな本性、動じない精神の根本。
- 操持(そうじ):心の操縦、自己制御の力。
- 風塵(ふうじん):世間の荒波、煩わしさの象徴。実践の場。
- 円機(えんき):円熟した知恵、柔軟な機転・応用力。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
まだ心が定まっておらず、自分をしっかりと保てないときは、世間の喧騒から離れ、欲望を目にしないことで心を乱されずに済むようにし、自分の静かな本性を磨くべきである。
しかし、もし心がしっかりと整い、動じない自信が持てるようになったなら、あえて俗世に出て、欲望や刺激を目にしてもなお心を保ち、そこからさらに円熟した知恵と応用力を養っていくべきである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、修行や成長には段階があり、次のようなプロセスを経るべきであると説いています:
- 第1段階(静の修養):
→ 外界の刺激を避け、自分の内面を静め、ぶれない軸をつくる。 - 第2段階(動の実践):
→ 俗世に身を置き、誘惑や変化の中でも乱れず、自分を保ちながら応用力を高める。
これは、**禅における「行住坐臥、常に修行」**や、儒教の「内省してから世に出る」、道家の「無為で整え、有為で動く」という哲学と一致します。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ フェーズ1:「内省と自己整備」
- 価値観がまだ定まらない若手リーダーや新人は、まずは自分の思考習慣や感情を整え、**“心が動じない土台”**を育てることが重要。
✅ フェーズ2:「現場での応用と実践」
- 自分の判断軸が確立したら、現場に出て、プレッシャーの中でも冷静に対応し、柔軟に動ける“応用力=円機”を養う。
✅ 「静のフェーズ」を飛ばすと、ブレるリーダーになる
- 成果を急ぎ、雑音の中に飛び込むと、心の軸がないまま欲望に引きずられ、ブレやすい。
✅ 真の力とは、“見ても乱れない心”
- 自制力とは「見ない」ことではなく、「見ても動じない」こと。これは内と外を往復してこそ培われる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「静で整え、動で鍛える──“見ても乱れぬ心”が真の実力」
この章句は、リーダーシップ開発プログラムの初期設計や、セルフマネジメント×実地トレーニング型のステップアップ研修にも応用可能です。
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