人より先に出ようとすれば、道は狭くなり、ぶつかりやすくなる。
しかし、そこで一歩引いて後ろを歩けば、その分だけ道は広くなり、安全でゆとりあるものとなる。
同様に、どんなに美味な食事も、あまりに濃厚で華やかであれば、すぐに飽きてしまう。
だが、その味をほんの少し清らかに、薄味に整えることで、その滋味を長く楽しむことができる。
つまり、前に出ることや強い刺激を求めすぎず、一歩控える・一分薄める――
その「控えめな生き方」こそが、安全で豊か、そして長続きする人生をつくる鍵なのだ。
引用(ふりがな付き)
先(さき)を争(あらそ)うの径路(けいろ)は窄(せま)し、退(しりぞ)き後(おく)るること一歩(いっぽ)なれば、自(おの)ずから一歩を寛平(かんぺい)にす。
濃艶(のうえん)の滋味(じみ)は短(みじか)し、清淡(せいたん)なること一分(いちぶ)なれば、自ずから一分を悠長(ゆうちょう)にす。
注釈
- 径路(けいろ):細くて狭い道。人生の比喩として使われている。
- 窄し(せまし):狭く、通りにくい。争えばぶつかり、危うくなる。
- 退き後るる(しりぞきおくるる):一歩譲る、引くという意味。
- 寛平(かんぺい):道が広く、安全で平らかになること。
- 濃艶の滋味(のうえんのじみ):強くて華やかで濃い味。すぐ飽きる享楽の象徴。
- 清淡(せいたん):あっさりして清らかなこと。心身に負担が少なく、長く楽しめる。
関連思想と補足
- 『菜根譚』前集13条でも「退いて柔らかに生きること」の大切さが説かれており、本項と響き合う。
- 仏教や儒教においても、「中庸(ちゅうよう)」「無争(むそう)」は理想とされる態度。
- 現代でも「控えめな姿勢」「ミニマリズム」「サステナブルな楽しみ方」が共感を呼ぶ背景に、このような思想がある。
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