喜びも苦しみも呑み込んで、まっすぐに仁を生きる
孔子は、人としての器量は、環境によって試されるものだと説いた。
目先の欲に振り回される不仁者は、困窮(逆境)に耐えられないばかりか、安楽(順境)にあっても長く踏みとどまることができない。
初めは努力するように見えても、苦しみに心が折れたり、快適さに甘えて本質を失ったりする。
それに対して仁者は、苦楽に左右されず、仁の道を自分の拠り所として落ち着いて生きる。
そして知者は、仁をこそ生きる上で最も価値あるものとし、それを道しるべとする。
外の状況に揺れないこと――それが仁者・知者の証である。
原文とふりがな付き引用
子(し)曰(いわ)く、不仁者(ふじんしゃ)は以(もっ)て久(ひさ)しく約(やく)に処(お)るべからず。
以て長(なが)く楽し(らく)に処(お)るべからず。仁者(じんしゃ)は仁(じん)に安(やす)んじ、知者(ちしゃ)は仁(じん)を利(り)とす。
境遇がどうであれ、仁を軸に生きる人は、常に落ち着いている。
その生き方は、ぶれない強さを持っている。
注釈
- 不仁者(ふじんしゃ)…思いやりや人徳を欠いた人。自己中心的で、情や誠実さに乏しい人物。
- 約(やく)…困窮、逆境のこと。物質的・精神的に満たされない状態。
- 楽(らく)…順境、快適な状態。贅沢や安楽を含意する。
- 仁に安んず…仁を自らの内に確立し、それに安らぎを見出すこと。どんな状況にも動じない心の拠り所となる。
- 仁を利とす…仁を利益と捉え、行動の基準にする。知者は、仁を最も価値あるものとして選ぶ。
原文
子曰、里仁爲美。擇不處仁、焉得知。
書き下し文
子(し)曰(いわ)く、里(さと)は仁(じん)なるを美(び)と為(な)す。択(えら)んで仁に処(お)らずんば、焉(いずく)んぞ知(ち)なるを得(え)ん。
現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「子曰く、里は仁なるを美と為す」
→ 孔子は言った。「住む場所としては、“仁”のある土地を美しいとすべきだ」 - 「択んで仁に処らずんば、焉んぞ知なるを得ん」
→ 「もし選択できるのに、仁ある場所を選ばないなら、その人を“知者”とどうして言えるだろうか?」
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
里(さと) | 居住地、地域社会。物理的な場所だけでなく、精神的・文化的共同体を指す含意もある。 |
仁(じん) | 思いやり・人間愛・他者への誠実さ。孔子思想の中心的徳目。 |
美(び) | 単なる外観ではなく、「価値ある」「善にかなう」といった意味を含む倫理的美。 |
知(ち) | 知恵あること。ここでは、判断力・見識・倫理的に正しい選択をする力を意味。 |
焉んぞ〜んや | どうして〜できようか、という反語表現。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう語った:
「住む場所としては、“仁”のある人々が集まる土地こそ、美しいとすべきである。
もし選ぶ自由がありながら、そうした仁のある土地を選ばないとすれば、どうしてその人が知恵ある者(知者)だと言えるだろうか?」
解釈と現代的意義
この章句は、住まいや環境を選ぶときの“価値判断の軸”に「仁」を据えるべきだという孔子の哲学を端的に示しています。
- 単に便利さや華やかさで場所を選ぶのではなく、その土地に「徳」があるか、人として学び・育まれる環境かを見極めよという教え。
- 「仁に処る」とは、道徳的で思いやりある人々とともに生きること。
- 「知」とは、その価値に気づき、それを選ぶ力。利便性や名声に流されず、「何が人間にとって本当に良いことか」を判断する姿勢が問われます。
ビジネスにおける解釈と適用
「環境選びは“徳”を基準に──真に価値ある場所を選ぶ」
- 職場選び・事業所選び・パートナー選びにおいて、“待遇”や“名声”より“価値観の合致”“人間関係の誠実さ”を優先すべき。
- 「仁ある場所」とは、誠実な人がいて、信頼と尊敬が通う職場環境。
「選択の力=知の証明」
- 自分で選べる立場にいながら、「仁」を選ばないのは“知”が欠けているという孔子の言葉は、自由と判断の倫理性を示す。
- “どこで何をするか”ではなく、“誰とどのように働くか”を選ぶ視点が大切。
「企業文化・採用・育成も“仁”を軸に」
- 仁ある企業風土(誠実、思いやり、公正)は、長期的な信頼と成果を生む。
- 採用や人材育成においても、「スキル」より「人としての仁」を見ることが、持続可能な成長を生む。
まとめ
「仁ある場所を選べ──環境選びは、知の実践である」
〜真に価値ある選択は、“人として正しい場所”に身を置くこと〜
この章句は、私たちが日々の暮らしや仕事で「どこに身を置くか」「何を選ぶか」という判断において、
“仁=思いやりと誠実”という道徳的価値を最優先にせよという、極めて実践的かつ普遍的な教えです。
現代の働き方・生き方・組織選びにも通じる深い教訓となっています。
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