権力者にすり寄ったり、時流に乗った成功者に取り入ったりすることは、一時の栄光を手に入れられるかもしれない。
だが、その相手が地位を失えば、共に沈むことになり、その禍(わざわい)は実に惨たらしく、しかも意外なほど早く訪れる。
それに対して、自分の内面に忠実で、「恬(てん)に棲み、逸(いつ)を守る」――すなわち心静かに、気ままな日々を貫く人は、
派手な幸運には恵まれなくとも、人生を穏やかに、安定して長く楽しむことができる。
「淡(たん)」は浅く見えて、最も深い滋味を持ち、
「長(ちょう)」は派手さがないからこそ、揺らぎなく続く幸福をもたらす。
成功や評価を追い求めるより、自分の節を守ることの方が、実はずっと価値ある生き方なのだ。
引用(ふりがな付き)
炎(えん)に趨(おもむ)き勢(せい)に附(ふ)くの禍(わざわ)いは、甚(はなは)だ惨(むご)くして亦(また)甚だ速(すみ)やかなり。
恬(てん)に棲(す)み逸(いつ)を守(まも)るの味(あじ)わいは、最(もっと)も淡(たん)にして亦た最(もっと)も長(なが)し。
注釈
- 炎に趨り(えんにおもむく):権力や地位のある者にすり寄ること。火に近づくように、危険を伴う。
- 勢に附く(せいにつく):勢いのある人に依存すること。一時の利を追い求める姿勢。
- 恬に棲む(てんにすむ):心安らかに、満ち足りた状態で暮らすこと。周囲に左右されない静けさ。
- 逸を守る(いつをまもる):自分の気ままな、自由な生活スタイルを大切にすること。
- 淡くして長し:目立たなくとも、その生き方は深く、そして長く続くという価値の指摘。
関連思想と補足
- 『菜根譚』前集第1条・111条・174条でも、権力への迎合を強く戒め、自分の節を保つことの大切さを説いている。
- 古来、中国では「権力に近づくことで成功する」ことが現実的な処世術とされてきたが、『菜根譚』はそれを真っ向から否定する。
- 日本で『菜根譚』が多く読まれてきた理由の一つは、この「個人の節と内面の平穏を重んじる姿勢」にあるとも考えられる。
原文:
趨炎附勢之禍、甚慘亦甚速。
棲恬守逸之味、最淡亦最長。
書き下し文:
炎(えん)に趨(はし)り、勢(せい)に附(つ)くの禍(わざわ)いは、甚だ惨(いた)ましくして、亦(また)甚だ速(すみ)やかなり。
恬(てん)に棲(す)み、逸(いつ)を守(まも)るの味(あじ)わいは、最も淡(あわ)くして、亦た最も長(なが)し。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「炎に趨り、勢に附くの禍いは、甚だ惨にして亦た甚だ速やかなり」
→ 権力や人気のある人物にこびへつらって近づく者は、災いに遭った時の損失も非常に大きく、しかもその破滅は驚くほど早い。 - 「恬に棲み、逸を守るの味わいは、最も淡にして亦た最も長し」
→ 静かでつつましい生活を心がけている人の人生は、味わいこそあっさりしていて地味だが、その満足と安らぎは長く続く。
用語解説:
- 趨炎(すうえん):火に向かって走るように、権勢・名声のある者にこびへつらって近づくこと。
- 附勢(ふせい):勢いのある者・権力者に従って利を得ようとする態度。
- 棲恬(せいてん):静かな暮らしに身を置くこと。騒がしさから距離を置く姿勢。
- 守逸(しゅいつ):安逸・平穏を保つこと。日常を平和に守る姿勢。
- 最淡(さいたん):非常にあっさりしている、飾り気がない。
- 最長(さいちょう):非常に長く続く、恒久的な価値を持つ。
全体の現代語訳(まとめ):
権力や名声のある人間に取り入り、出世や利益を得ようとする生き方は、その見返りの大きさと引き換えに、大きな災いを一気に招きやすい。
それに対して、静かでつつましい生活を守っている者の人生は地味ではあるが、その穏やかな味わいは長く続くものである。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「目先の華やかさではなく、静けさと長さに価値を置け」**という教訓を伝えています。
1. 「栄光への便乗」は危うい
- 権力者に近づけば、恩恵も受けられるが、彼らが没落すれば一緒に転ぶ。
→ “一時の熱”に駆られて動くことのリスクを説く。
2. “静かで長く続く価値”を尊べ
- 地味な日常、目立たない道が実は最も豊かで安定している。
→ “味わいは淡く、けれど続く”人生こそ真に実りある。
3. “速い成功”と“長い平穏”の比較
- 一瞬の脚光よりも、一生の充実が価値を持つ。
→ これは、個人の生き方にも組織運営にも通ずる普遍的な原則。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. “勢いのある人・流行”に盲目的に乗るな
- 成功しているように見える人や企業にただ従うのではなく、自社の軸を保つ。
→ 「今が旬」より「変わらぬ価値」を見極める眼を持つ。
2. “着実な持続”こそが本物の競争力
- 短期的なブームを追うのではなく、地道な改善・丁寧な関係性構築が長期の信頼を生む。
→ “淡い味”にこそ、長期ブランド価値が宿る。
3. 一過性の成功より、継続可能な経営を
- 大ヒット・急成長より、静かでも安定した成長を目指す戦略。
→ 組織にとって「最淡・最長」こそが未来への投資。
ビジネス用心得タイトル:
「熱に駆られず、静けさを守れ──成功は“最淡”にして“最長”」
この章句は、欲望とスピードに押されがちな現代人に対して、淡々とした生き方こそが本当の持続力を持つということを教えてくれます。
変わりやすい時代だからこそ、**「焦らず・騒がず・堅実に」**が大切だと再認識させてくれる一節です。
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