子夏は、趣味や技芸のような「小さな道」にも、それぞれに見るべき価値はあると認めた。
しかし、君子たる者が目指すべきは、より遠大で根本的な「道」である。
もし小道に深入りしてしまえば、その進路を妨げられ、本来の目的から逸れてしまうおそれがある。
だからこそ、君子はそれらに深入りしない――
決して小道を軽んじるのではなく、「本筋」を見失わぬための選択である。
多才であることよりも、一貫した志とその実践こそが君子の本領なのだ。
原文と読み下し
子夏曰(い)わく、小道(しょうどう)と雖(いえど)も、必(かなら)ず観(み)るべき者(もの)有(あ)らん。遠(とお)きを致(いた)すには、泥(なず)まんことを恐(おそ)る。是(こ)れを以(もっ)て君子(くんし)は為(な)さざるなり。
意味と注釈
- 小道(しょうどう):
詩や音楽、工芸、技芸など、個人の教養や趣味に属するもの。学ぶ価値はあるが、人生の本筋とは異なるとされる。 - 観るべき者有らん:
どんなに小さなことにも見るべき・学ぶべき価値はあるという、柔軟かつ肯定的な姿勢。 - 遠きを致すには泥まんことを恐る:
人生の遠大な目標(=君子の道)に向かう際、小道にとらわれて進路が停滞してしまうことを警戒している。 - 君子は為さざるなり:
君子は小道を学ばない、または深入りしない。それは軽蔑ではなく、優先順位を明確にした態度。
1. 原文
子夏曰、雖小道、必有可觀者焉。致遠恐泥、是以君子不爲也。
2. 書き下し文
子夏(しか)曰(いわ)く、小道(しょうどう)と雖(いえど)も、必(かなら)ず観(み)るべき者(もの)有(あ)らん。遠(とお)きを致(いた)すに、泥(なず)まんことを恐(おそ)る。是(ここ)を以(もっ)て君子(くんし)は為(な)さざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 子夏曰く、小道と雖も、必ず観るべき者有らん。
→ 子夏は言った。「たとえ小さな道(=些細な技術や学問)であっても、そこには注目すべき価値があるはずだ。」 - 遠きを致すに、泥まんことを恐る。
→ しかし、遠大な目的に到達しようとするとき、その小道にとらわれて足を取られる(=泥沼に陥る)ことを恐れる。 - 是を以て君子は為さざるなり。
→ だからこそ、君子(理想的人物)はそれ(=小道)に深入りしないのである。
4. 用語解説
- 子夏(しか):孔子の高弟の一人。学問と礼に秀で、冷静な洞察を持つ人物。
- 小道(しょうどう):枝葉末節の技術や小さな知識。例:細かい技巧、形式だけの知識、専門的だが狭い分野など。
- 観るべき者(かんるべきもの):注目・学ぶべき価値のある要素。
- 致遠(ちえん):遠大な理想や目的地に到達すること。
- 泥(なず)む:足を取られて進めなくなる、行き詰まる。
- 君子(くんし):道徳的に理想的な人格者、学問の大成を目指す者。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
子夏はこう言った:
「たとえ取るに足らないような小さな技術や知識であっても、そこには学ぶべき価値がある。
しかし、遠い理想を実現しようとするときには、そうした枝葉末節にとらわれて足を取られることがある。
だからこそ、君子(理想的な人物)はそれに深入りしないのである。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「小技・小知への評価」と「目的志向の姿勢」**をバランスよく説いたものです。
- 技術や専門性は否定されていない:「小道」にも観るべき価値はある。
- しかし、本質的な目標を見失ってはならない:君子=理想の学び手は、「目的」からぶれない。
- 「細部にとらわれて全体を見失う」ことへの戒め。
- “知”よりも“道”を優先する:表層の知識ではなく、人生全体に通ずる“道”を目指すべき。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅「技術に偏りすぎず、全体目的を見失うな」
業務の細部にこだわりすぎて、プロジェクト全体のビジョンを忘れてしまう。
たとえば、業務フローやツールに精通しても、それが最終目的に寄与しなければ本末転倒。
✅「細部の価値は認めつつ、目的との関連で評価せよ」
たとえば、報告書のフォーマットや資料のデザインなど、見た目にこだわる姿勢も重要だが、「伝えるべき中身」に貢献しているかを問うことが大切。
✅「成長するリーダーは、手段に固執せず“本質”を見据える」
君子=リーダーたる者は、小さなスキルに執着せず、常に全体像と本質を見極める視座を持つことが求められる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「小道に迷わず、大道を歩め──“目的から逆算する視座”を持て」
– 細部には学びがある。だが、それが遠くの目標に通じなければ、泥沼に陥るだけだ。君子は常に“道”を見失わぬ。
この章句は、「こだわり」と「目的意識」の間で揺れる私たちに、明確な優先順位と方向性を示すものです。
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