孟子は、人々が何気なく口にする「天下国家」という言葉の順序に潜む本質に着目した。
彼は言う。「天下」を安んじるためには、まず「国家」が安定していなければならず、「国家」の安定は「家庭」に、「家庭」の安定は「一人ひとりの身」にかかっている。つまり、すべては己から始まるのだ。
自分の身を正しく保てない者に、家庭を治めることはできない。家庭を治められぬ者が、国を整えることなどできるはずがなく、まして天下を論ずる資格はない。
これは、儒教の根幹をなす「修身斉家治国平天下」の思想そのものであり、孟子のこの簡潔な一節に、その全ての流れが凝縮されている。
誰もが口にする「天下国家」という大きな言葉――しかしその根は、自分のふるまい、心のあり方、つまり「一身」にあるという孟子の教えは、現代にも通じる倫理の原点である。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
人(ひと)恒(つね)に言(い)う言(ことば)有(あ)り。皆(みな)曰(い)わく、「天下国家(てんかこっか)」と。
天下(てんか)の本(もと)は国(くに)に在(あ)り。
国の本は家(いえ)に在り。
家の本は身(み)に在り。
注釈
- 天下(てんか):古代中国では「世界」あるいは「全体社会」を意味する。諸侯の国々によって構成される。
- 国(くに):ここでは一つの国家・諸侯の治める領域。天下の単位。
- 家(いえ):家庭。個人の人格や行動が社会へ影響する第一の共同体。
- 身(み):自分自身のふるまいや心のあり方。徳の基本。
- 修己治人(しゅうこちじん):自らを修めて他人を治める。儒教の基本理念。
- 『大学』との関係:「修身斉家治国平天下」は孟子のこの言葉が源流とされる。
原文
孟子曰、人恒言、皆曰、天下國家。天下之本在國、國之本在家、家之本在身。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、人恒(つね)に言(い)う、皆曰(いわ)く、天下国家(てんかこっか)と。
天下の本(もと)は国に在(あ)り。国の本は家に在り。家の本は身に在り。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 人々が常に口にする言葉がある。「天下国家」と皆が言う。
- だが、本当に理解すべきはこうである──
- 天下(世界)の根本は国家にあり、
- 国家の根本は家庭にあり、
- 家庭の根本は個人(その人自身)にあるのだ。
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
人恒言(じんこうげん) | 人が日常的に口にする言葉・決まり文句。慣用句的な語り口。 |
天下国家 | 天下:四方のすべての地域、国家:統治された領域。慣用的に「国と世界全体」。 |
本(もと) | 根本・基盤・原因。あるものを支える土台のこと。 |
身(み) | 自分自身。ここでは、個人の道徳・修養・行動を指す。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
「天下国家」と人はよく口にするが、
その順序と成り立ちを深く理解しているだろうか。
世界(天下)の根本は国家にあり、
国家の根本は家庭にあり、
家庭の根本はひとりひとりの人間(自分自身)にある。
つまり、大きな秩序は、小さな秩序の積み重ねによって支えられているのだ。
解釈と現代的意義
この章句は、社会の秩序・繁栄は、最終的には個人の在り方に帰着するという孟子の政治・道徳思想の核心を示しています。
1. 「天下国家」は“自分”から始まる
- 世界を良くしたければ、自分自身を正すことから。
- 社会の変革や国家の繁栄は、家庭の平和から、そしてその家庭を形づくる個人の行動・徳に依存する。
2. 「身の修養」こそが最高の社会貢献
- 自分の振る舞い・態度・思考を正し、自律ある存在になることが、ひいては家庭、組織、国家、社会を支える。
3. 全体主義への戒めとしての章句
- 上から押しつける国家主義ではなく、下から積み上げる「人本主義」。
- 健康な社会は、健全な個人が土台となる。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 組織改革は「一人の在り方」から始まる
- 経営理念・戦略だけでなく、社員一人ひとりの誠実さ・責任感が企業文化を形成する。
- 「社員力」が企業力の根本。
2. 家庭(チーム)が健全であってこそ、組織は成長する
- チームが互いに信頼し合い、支え合う風土でなければ、企業の長期的成長は望めない。
- その家庭(チーム)を支えるのは、構成員一人ひとりの「心」と「行動」である。
3. “天下”を語る前に“自分”を見よ
- 大きなビジョンや野望を語ることも大切だが、それを実現するための第一歩は「自分の足元を正すこと」。
- 態度、約束、時間厳守、誠実な仕事──小さな行動が大きな組織の信頼を支える。
ビジネス用心得タイトル
「天下国家は“我が身”に始まる──小さな徳が大きな信頼を築く」
この章句は、「外を変えたければ、内を整えよ」という原理を、極めて簡潔かつ深遠に表現しています。
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