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規格化を行う

サーミスタやバリスタといった温度感知型半導体を専門とするS社を訪問した際、膨大な種類の商品に驚かされた。その数はおそらく数千にも及ぶだろう。この多品種体制の影響で、販売や生産、在庫管理といったあらゆる業務に問題が発生している状況だった。なぜこれほど多くの品種が必要なのかと尋ねると、「顧客からの注文がある以上、仕方がない」という回答が返ってきた。要するに、完全な受注生産の形態を採用しているということだ。これでは品種が増えるのも当然だが、この状況をどうにか改善できないかと問うても、解決の糸口すら見えない状況だった。

とんでもない話だ。同じ半導体でも、ダイオードは完全に規格化されている。しかも、それで誰も困っていない。ダイオードの発明者はソニーの江崎博士だが、興味深い経緯を辿っている。一度アメリカに輸出されて実用化され、そこから逆輸入された形だ。アメリカではすでに規格化されていたため、日本に戻ってきたときには最初から規格化された状態で広まっていたというわけだ。

アメリカでは特注品が非常に高額になるため、規格化による大量生産でコストを削減するのが基本だ。そのため、設計者たちは規格化された部品を前提に設計を行う仕組みが出来上がっている。規格がしっかり整備されているおかげで、不便を感じることはほとんどない。結果として、品種管理も簡素化され、コスト面でも大きなメリットを生んでいるわけだ。

目先の利益を優先するあまり、長い目で見れば自分自身も顧客も大きな損失を被っていることになる。顧客の立場からすれば、規格が整い、安価で手に入るのであれば、その規格品を活用して設計するのが自然な流れだ。しかし、規格が存在しないために、その都度の要求に合わせた設計を余儀なくされる。これこそが多品種化の根本的な原因だ。結局、多品種化という問題は、自ら招いた結果だと言える。

私はS社長に、今からでも遅くないから規格化を進めるべきだと提案した。しかし返ってきたのは「それは難しい」という言葉だ。当然だ。難しいからこそ社長自身が決断しなければならないと言っているのであって、簡単なことならとっくに誰かがやっている。試しに規格化案を作成してみると、これまでの品種数のわずか数分の一で、顧客の要求の95%をカバーできることが分かった。残る5%についても、もし規格が整備されていれば、さらに削減できた可能性が高い。最終的にS社長も「検討してみる」と前向きな姿勢を見せた。

既存の商品でも、規格化がされていなかったものを見事に規格化し、成功を収めた例がある。協育歯車工業だ。同社は小型ギアの規格品専門メーカーとして、業界で確固たる実績を築いている。かつて、小型歯車業界では規格化という概念はなく、すべて受注生産が当たり前だった。しかし、同社の井田社長は、この非効率さと無駄を排除すれば、メーカーと顧客の双方に利益がもたらされると考え、業界に先駆けて小型歯車の規格化に取り組んだのだ。

これは非常に困難な作業だった。まず大分類としてスパーギア、ヘリカルギア、ウォームギア、ベベルギアなどがあり、さらにそれぞれにモジュール(歯の大きさ)、歯数、厚さ、軸孔といったさまざまなバリエーションが存在する。これらを一つ一つ丹念に整理し、独自の「協育規格」を作り上げた。そして、この規格をまとめたハンドブックを作成し、顧客に配布することで利用を促進した。

しかし、これまでの慣習も根強く、規格化した歯車がすぐに受け入れられるわけではなかった。さらに、既存の製品を規格歯車に合わせて設計変更するのは、現実的にはほとんど不可能だった。新しい設計から取り入れてもらえる余地はあったものの、既存の流れを変えるには時間と労力が必要だった。規格化の利便性を理解し、実際に活用してもらうには、相当な説得と実績の積み上げが求められた。

売れ行きが芳しくなくとも、従来の受注生産品を処理しながら、地道に規格品の普及キャンペーンを続けた。その努力が実を結び、規格品の注文が徐々に入り始めたのは、一年から二年後のことだった。一度規格品使用の流れができると、あとは加速度的に広がっていった。現在では、ほとんどのユーザーが協育の規格歯車を利用するようになっている。この規格化によって、ユーザー側にとってもコスト削減や設計の効率化といった大きなメリットがもたらされた。井田社長の先見性と努力の賜物といえる。

井田社長が「業界の習慣を変える」という困難な挑戦を成し遂げたその情熱と粘り強さには、心から敬意を表さざるを得ない。これこそ真の事業家の姿だと言える。その取り組みは、単なるビジネスの成功にとどまらず、業界全体に新しい価値を提供し、顧客に大きな利益をもたらした立派な社会貢献でもある。まさに、志ある事業家が成し遂げた模範的な実績と言えよう。

規格化のメリットは計り知れないにもかかわらず、これに逆行する業界も存在する。その一例が、発泡コンクリートを用いた建材だ。「イトン」「シポレックス」「ヘーベル」といった代表的なブランドがあるが、どのメーカーも規格化には背を向け、「どんな寸法でも対応可能」と謳ってしまった。おそらくその方が売りやすいと考えたのだろう。しかし、これは顧客にとっては大きなデメリットとなり、結果として売上が思うように伸びない一因となっている。規格化を怠ったことで、利便性やコスト削減の機会を逃し、業界全体が停滞しているのが実情だ。

建築業者が発泡コンクリートを使用する場合、建物の図面からコンクリートの寸法を改めて製図し直し、それをメーカーに発注するという煩雑な作業が必要になる。この手間は物件ごとに発生するため、コストがどうしても高くなる。メーカー側も楽ではない。特注品ごとに型枠を変更しなければならず、生産工程が複雑化するだけでなく、効率も著しく低下する。そのうえ、「アジャスタブル型枠」を開発するなど、全く方向性を誤った努力に時間と資源を費やしている。こうした状況は、業界全体にとって大きな損失だ。

不良品や破損品が発生した場合の補充も一筋縄ではいかない。特注品であるため、同じ規格の製品をすぐに用意できず、時間とコストが余計にかかる。このような非効率さは、一円単位でコストを削ることに敏感な建築業界にとって致命的な不利益だ。その結果、防音性や断熱性、施工のしやすさ、外観の良さといった多くの優れた特性を持ちながらも、発泡コンクリートが普及しない大きな要因となっている。規格化の欠如が業界全体の発展を妨げている好例だ。

これらのメーカーには「規格品」「標準品」「特注品」といった区分が存在するが、その実態は曖昧で、品種の多さは把握しきれないほどだ。結果として、管理も生産も極めて煩雑になっている。この状況は本質的には受注生産と変わらない。メーカーがそれに気づいているのかどうかは不明だが、少なくともコストが高く、販売が難しいことくらいは認識しているはずだ。それでも規格化に踏み切れないのは、セメント業界全体に根付いた古い体質の影響だろう。過去の慣習に縛られ、新たな価値を創出するための変革を避けているのが現状と言える。

ある建築業者の話によれば、規格品が約150種類程度あれば、ほとんどの需要を満たせるという。もし規格品で対応しきれない場合でも、現場で鋸で切るなどの調整が可能であり、その際に発生する端材やロスは、現在のような特注生産による非効率さに比べれば、取るに足らない問題だという。つまり、適切に規格化を行えば、業界全体のコスト削減と作業効率の向上が実現するのは明らかだ。それにもかかわらず、規格化が進まない現状は、大きな機会損失といえる。

こんなことは、社長自ら顧客のもとを訪問すれば一目瞭然だろう。しかし、大企業の社長には「顧客のところへ行ってはいけない」という暗黙のルールでもあるのか、そうした行動を取ることはほとんどないようだ。そのため、現場の実情や顧客の真のニーズを見落としているケースが多い。

もしも発泡コンクリートの規格化が実現すれば、状況は一変するだろう。顧客の利便性が飛躍的に向上し、それに伴って売上の急増が期待できることは間違いない。規格化がもたらすメリットを考えれば、その可能性を放置している現状は大きな損失と言える。

発泡コンクリートを例に挙げたのは、特定の批判を意図してのことではない。この話を他山の石として、自社の状況に照らし合わせて考えてもらいたいからだ。どの業界や企業にも、規格化や効率化に踏み切れない理由があるだろう。しかし、それを放置すれば、長期的な成長の妨げとなる。発泡コンクリートの事例は、その重要性を改めて考えるきっかけになればと思う。

規格化は、単にメーカーにとって有利だから行うものではない。むしろ、顧客のために取り組むべき企業の責任として捉えるべきだ。この認識が何より重要だ。顧客にとって利益となることを提供すれば、必ずその支持を得られる。それが最終的に自社の収益となって返ってくるのは明白だ。

衣料や靴の規格化を見れば、その効果は一目瞭然だ。適切なサイズや仕様が整備されていることで、顧客は選びやすく、使いやすい。結果として、業界全体の信頼性や利便性が向上し、メーカーも継続的な売上を確保できている。発泡コンクリートに限らず、規格化の重要性はどの業界にも当てはまる普遍的な教訓だ。

規格化の対象となるのは、一定以上の量が継続的に使用される全ての商品だ。その量は必ずしも多量である必要はない。重要なのは、継続性と安定した需要があることだ。したがって、新商品を市場に投入する際には、まず規格化を行うことが基本だ。それを土台として、キャンペーンやプロモーションを展開すれば、長期的に見て顧客にも自社にも大きな利益をもたらす。

規格化を通じて、顧客は選びやすさと使いやすさを享受し、コスト削減にもつながる。一方で、メーカー側は効率的な生産や在庫管理が可能となり、業務全体がスムーズに進む。これが、顧客と企業の双方にとって持続的な価値を生む秘訣と言える。

新商品の規格化に限らず、既存の商品を見直し、規格化を進めることもまた、広義では「新商品開発」と言える。既存の商品に規格を与えることで、顧客に新たな価値を提供し、競争力を高めることが可能だ。

ただ夢見がちに新商品を追い求めるだけでは、実現可能性の低いアイデアに振り回されるリスクもある。一方で、現状の商品を丁寧に整理し、効率化や利便性の向上を図るような地道な努力こそが、企業の基盤を強化し、長期的な成長につながる。このような取り組みが、結果として新たな顧客の支持を獲得し、収益の安定にも寄与するのだ。

さあ、改めて我が社の商品を規格化の視点から見直そう。どの分野、どの商品に規格化の可能性があるかを徹底的に洗い出し、それを実現する具体的な計画を立てる。そして、規格化された商品のメリットを根気強く顧客に伝え、理解してもらうためのキャンペーンを展開しよう。

この地道な努力は、一朝一夕で成果が出るものではない。しかし、規格化がもたらす利便性と効率性は、必ず顧客の支持を得る。そしてその結果、我が社にとっても大きな収益を生む基盤となることを忘れてはならない。この取り組みは、企業の未来を切り拓く鍵である。

規格化には、企業が自社の製品やサービスを標準化し、特注品を減らして効率を高める目的があります。これは、顧客や企業の双方に多大なメリットをもたらしますが、その成功には根気と計画が必要です。以下が規格化のプロセスやポイントです。

1. 規格化のメリットと必要性

  • コスト削減:規格化された製品は多量生産が可能となり、コストを大幅に削減できる。
  • 管理効率の向上:在庫管理や生産工程が簡素化され、トラブルやミスが減る。
  • 顧客への利益:顧客は低価格で品質の安定した製品を得られ、設計も規格品を前提に組めるため設計の効率が上がる。

2. 規格化の取り組み方

  • 市場ニーズの調査:顧客の主な要求をリサーチし、規格化の対象となる製品の種類とスペックを決める。
  • 試作と分析:現在の多品種の製品から、主な需要を満たすための規格品を絞り込み、試作を経てテストする。
  • 方針の明確化:規格化のプロジェクトとして明確な計画書を作成し、関係者に共有する。

3. 成功例と失敗例

  • 成功例:協育歯車工業が小型ギアの規格化を行い、長期間のキャンペーンを通じてユーザーの信頼を勝ち得たように、根気強い取り組みが成功を導く。
  • 失敗例:発泡コンクリート業界が規格化に失敗し、かえってコスト高や効率の悪化を招いた事例からも学べるように、特注品に頼り過ぎるのは危険である。

4. 実施時のポイント

  • 漸進的な導入:顧客がすぐに規格品に慣れない場合もあるため、従来品の提供を並行しつつ、少しずつ規格品の利用を促す。
  • 社長の積極的関与:社長が顧客の元に足を運び、規格化のメリットを直接確認するなど、トップの決意と行動が重要。
  • キャンペーンの継続:新しい規格を定着させるためには、長期的なキャンペーンと顧客教育が必要である。

5. 規格化を促進するための社内の姿勢

  • 柔軟な見直し:現行の商品やプロセスも、定期的に規格化の観点から見直し、効率化を図る。
  • 地道な取り組み:新商品に目を奪われるのではなく、既存商品を規格化することで新たな収益基盤を築く。

規格化は一朝一夕で達成できるものではありませんが、根気と計画的な取り組みによって、大きな効果をもたらし、収益を安定化させる手段となります。顧客にとっても利益のあるこの規格化を粘り強く進めることで、企業の成長に貢献することができます。

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