海が大荒れし、大波が天に届くかのようなとき――
その船の中にいる人たちは、意外にも冷静で平気でいる。
しかし、船の外からそれを見ている者の方が、
その危険さに心を凍らせ、肝を冷やしている。
また、酒癖の悪い人が酒席で暴言を吐き、
大声で怒鳴っていても、同席している者は気にもとめず、
むしろ外から見ている第三者の方が、
その醜さに舌を巻き、苦々しく感じている。
こうした現象は――
「渦中にいるからこそ見えない」という人間の限界を示している。
だからこそ君子たる者は、たとえ“身体は事の中”にあっても、
“心は事の外”に置き、常に客観的な視点を持つべきである。
内からの感情だけで動かず、
外からの冷静なまなざしで物事を眺める――
それが、真に成熟した判断と行動を生む鍵となる。
原文とふりがな付き引用
波浪(はろう)の天(てん)を兼(か)ぬるや、舟中(しゅうちゅう)、懼(おそ)るるを知らずして、
舟外(しゅうがい)の者(もの)、心(こころ)を寒(さむ)くす。
猖狂(しょうきょう)にして座(ざ)を罵(ののし)るや、席上(せきじょう)、警(けい)むるを知らずして、
席外(せきがい)の者、舌(した)を咋(か)む。
故(ゆえ)に君子(くんし)は、身(み)は事中(じちゅう)に在(あ)りと雖(いえど)も、
心(こころ)は事外(じがい)に超(こ)えんことを要(よう)するなり。
注釈
- 波浪の天を兼ぬる:波が空を覆うほどの大荒れの海。極度の混乱や危機の象徴。
- 舟中・舟外:当事者と外からの観察者の立場。
- 猖狂(しょうきょう):理性を失ってたけり狂う様子。
- 舌を咋(か)む:舌を噛みしめるほどの苦々しい思い。黙っていられないほどの不快さ。
- 君子(くんし):徳を備えた人物。自己の内面を律し、周囲のことにも誠実に対応できる人格者。
- 事中に身を置く・事外に心を置く:当事者でありながら、第三者の冷静さを保つこと。
関連思想
- 本書前集119条と通じる:「心を静かにし、外から物事を見つめる」ことで真理が現れるという思想。
- **『中庸』や『論語』**にもある「内省と客観視の両立」は、古来の君子の重要な資質とされている。
- 現代のマインドフルネスにも通じる。「今この瞬間」を冷静に観察し、感情に巻き込まれない心の態度。
パーマリンク案(英語スラッグ)
stand-outside-yourself
→「自分の外に立って物事を見よ」という意味を端的に表現。
その他候補:
- calm-in-the-storm(嵐の中でも冷静に)
- mind-outside-the-situation(状況の外に心を置く)
- see-yourself-from-outside(外から自分を見る)
この章は、「真に成熟した視点とは、客観的に己を眺める力である」と語る、自己省察の極意です。
1. 原文
波浪兼天、舟中不知懼、而舟外者寒心。猖狂罵座、席上不知警、而席外者咋舌。故君子、身雖在事中、心要超事外也。
2. 書き下し文
波浪(はろう)天(てん)を兼(か)ぬるや、舟中(しゅうちゅう)、懼(おそ)るるを知らずして、舟外(しゅうがい)の者(もの)、心(こころ)を寒(さむ)くす。
猖狂(しょうきょう)にして座(ざ)を罵(ののし)るや、席上(せきじょう)、警(けい)むるを知らずして、席外(せきがい)の者(もの)、舌(した)を咋(か)む。
故(ゆえ)に君子(くんし)は、身(み)は事中(じちゅう)に在(あ)りと雖(いえど)も、心(こころ)は事外(じがい)に超(こ)えんことを要(よう)するなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「大波が空を覆うような嵐の中でも、舟の中の者は恐れていない」
- 「だが、岸からその様子を見ている者は、冷や汗を流して心を寒くする」
- 「狂気じみた者が宴席で罵っていても、その場にいる者たちは警戒しない」
- 「だが、その場の外にいる者は、舌を巻き、恐れをなす」
- 「だからこそ、君子たる者は、たとえ身が渦中にあっても、心は常にその外に置くべきなのだ」
4. 用語解説
- 波浪兼天:空を覆うほどの荒波。非常に激しい自然の脅威の比喩。
- 舟中・舟外:危機の“渦中”にいる者と、それを“外”から見る者。
- 猖狂(しょうきょう):狂ったような言動をすること。
- 咋舌(かぜつ/したをかむ):驚愕して言葉を失う、舌を巻く意。
- 君子:高潔で賢明な人物。人格者、リーダー。
- 事中・事外:現場や出来事の内部と、客観的立場。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
嵐で空が波に覆われても、舟に乗っている者は恐れていないが、岸にいる者は心を凍らせている。
同じように、狂ったように叫ぶ者が宴席で暴れても、その場にいる者たちは警戒しないが、外にいる者は舌を巻いて恐れている。
このように、人間は往々にして「その場にいる」と鈍くなるものだ。
だからこそ、君子はたとえ体が現場の中にあっても、心は常に一歩外に置いて、冷静さと洞察を保つべきなのだ。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、以下のような重要な心理的・倫理的洞察を含んでいます:
- 危機の“当事者”は、感覚が麻痺して正確な判断を失いやすい
- “傍観者”のほうが、かえって事態の本質や危険に敏感になれる
- 君子(人格者)とは、「状況に巻き込まれつつも巻き込まれない」心の構えを持つ者である
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「渦中にあるときほど、外の目線が必要」
- プロジェクトの現場に深く入りすぎると、課題やリスクに気づけなくなる
- 外部メンター・監査・俯瞰レポートなど、意識的に“心を外に置く”構造を作るべし
✅ 「怒りや興奮の場でも“席外の心”を保つ」
- 会議で怒号が飛び交っても、一人冷静に“席外から眺める心”を保てる者が、場を治める
- 感情的な議論に巻き込まれず、場の温度を下げられるリーダーが組織を支える
✅ 「“見ている人の冷や汗”に学ぶべし」
- 当事者になっているときは、逆に“怖がっている外部者”の声にこそ耳を傾けよ
- 利害関係のないステークホルダーの不安や指摘を受け止められる余白を持つ
8. ビジネス用の心得タイトル
「渦中に心を置くな──“一歩外から見る力”が君子の眼である」
この章句は、リーダーシップ研修、危機管理対応、プロジェクトレビューの心得として非常に有効です。
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