――たとえ通じずとも、義を語るべき時は語らなければならない
斉(せい)の国で、家臣であった**陳恒(ちんこう/田恒、のちの陳成子)が君主の簡公(かんこう)**を殺すという大逆が起きました。
この知らせを聞いた孔子は、斎戒沐浴して身を清め、礼を尽くして魯の君主・哀公(あいこう)のもとに出仕し、こう進言します。
「陳恒がその君主を弑(しい)しました。
これは絶対に許されぬ大罪。どうか軍を挙げて討伐してください。」
しかし、哀公はその申し出を退け、こう言います。
「それは**三子(さんし)**に言うべきだ。」
この三子とは、魯の国内で権力を握っていた三家の大夫――**孟孫(もうそん)、叔孫(しゅくそん)、季孫(きそん)**を指します。
孔子はなおも自らの義務を全うすべく、三子のもとへ向かって進言しますが、当然ながら誰も耳を貸しませんでした。
この時、孔子はこう語ります。
「私は大夫の列に連なる者の末席として、
このような義のない行いを見て見ぬふりはできなかったのです。」
原文とふりがな付き引用:
「陳成子(ちんせいし)、簡公(かんこう)を弑(しい)す。
孔子、沐浴(もくよく)して朝(ちょう)し、哀公(あいこう)に告(つ)げて曰(いわ)く、
陳恒(ちんこう)、其(そ)の君を弑す。請(こ)う、之(これ)を討たん。
公曰く、夫(そ)れ三子(さんし)に告げよ。
孔子曰く、
吾(われ)は大夫の後(あと)えに従(したが)うを以(も)て、
敢(あ)えて告げずんばあらざるなり。
三子に之きて告ぐれども、可(き)かれず。
孔子曰く、
吾は大夫の後えに従うを以て、
敢えて告げずんばあらざるなり。」
注釈:
- 弑(しい) … 臣下が君主を殺す行為。最も重い倫理的・政治的罪。
- 沐浴して朝す … 身を清め、正式な礼を尽くして朝廷に出仕すること。進言が重大であることを示す所作。
- 三子(さんし) … 魯の三大貴族家。実際の権力を握っており、君主すら意のままにしていた。
- 敢えて告げずんばあらざるなり … 義に照らして、自分の立場として進言しないわけにはいかない、という強い決意。
教訓:
この章句は、正義を知りながら沈黙することは、官職にある者として恥ずべきことだと孔子が考えていたことを明確に示しています。
- たとえその言葉が聞き入れられず、実を結ばなかったとしても、
正しい筋道を通すことは、人格と職責における不可欠な義務である。 - 「言うべき時に言う」――これが、仁・義・礼に生きる孔子の政治観です。
孔子のこの態度は、現代における組織や政治の中でも、
「勇気をもって意見すること」「信念を失わないこと」の模範となります。
1. 原文
陳成子弑簡公。孔子沐浴而朝。告於哀公曰、「陳恒弑其君、請討之。」公曰、「告夫三子。」孔子曰、「以吾從大夫之後、不敢不告也。」君曰、「告夫三子者。」之三子告、不可。孔子曰、「以吾從大夫之後、不敢不告也。」
2. 書き下し文
陳成子(ちんせいし)、簡公(かんこう)を弑(しい)す。
孔子(こうし)、沐浴(もくよく)して朝(ちょう)し、哀公(あいこう)に告げて曰(いわ)く、
「陳恒(ちんこう)、其の君を弑す。請(こ)う、之(これ)を討たん。」
哀公曰く、「夫(か)の三子(さんし)に告げよ。」
孔子曰く、「吾(われ)、大夫(たいふ)の後(あと)に従(したが)うを以(もっ)て、敢(あ)えて告げずんばあらざるなり。」
君曰く、「夫の三子に告げよ。」三子に之きて告ぐ。可(き)かれず。
孔子曰く、「吾、大夫の後に従うを以て、敢えて告げずんばあらざるなり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
「陳成子、簡公を弑す」
→ 陳成子(=陳恒/陳氏の成子)が魯の簡公を殺害した。
「孔子、沐浴して朝し、哀公に告ぐ」
→ 孔子は身を清めて出仕し、当時の君主・哀公にこの件を報告した。
「陳恒、君を弑す。請う、これを討たん」
→ 「陳恒が君主を殺しました。どうか、討伐をお許しください。」
「公曰く、三子に告げよ」
→ 哀公は言った。「それについては、三家の有力者(三子)に相談してくれ。」
「孔子曰く、私は大夫の立場として、義務上、君に直接申し上げる責任があります」
→ 「だからこそ、(まずは)君に申し上げたのです。」
「君曰く、三子に告げよ」 → 三子に告げる → 却下される
→ 哀公の命令通りに三子に訴えたが、聞き入れられなかった。
「孔子曰く、私は大夫の後(立場)として、やはり申し上げなければならないと考えた」
→ 「それが通らなくとも、義として申し上げるべきだったのである。」
4. 用語解説
- 陳成子/陳恒(ちんこう/ちんこう):魯国の大夫。実権を握り、主君・簡公を暗殺。
- 弑(しい)す:主君や父母など目上の者を殺害すること。重大な不義。
- 哀公(あいこう):当時の魯の君主。孔子が仕えていた。
- 三子(さんし):季孫氏・叔孫氏・孟孫氏の三家。魯国の有力貴族で、実権を持っていた。
- 朝する:宮廷に出仕すること。
- 沐浴(もくよく):身を清める儀礼。正式な儀礼の前に行われる。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
陳恒が魯の君主・簡公を殺害するという大罪を犯した。
これを知った孔子は、身を清めて朝廷に出仕し、哀公に直訴した:
「陳恒が君主を弑しました。ぜひ、これを討伐させてください。」
哀公は「三子に相談してからにせよ」と指示。孔子はそれに従ったが、三子には聞き入れられなかった。
それでも孔子はこう語った:
「私は大夫という立場にある者として、主君に申し上げないわけにはいかない。
義務として、たとえ結果が出なくても、正しいことを申し上げねばならなかったのです。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「道義に基づいた進言と行動の覚悟」**を強く示しています。
- 孔子は、正しいと思うことは結果にかかわらず主君に申し上げるべきであるという信念を持っていた。
- 三子という強大な権力に屈せず、形式を超えて“正義”を果たすために動いた孔子の姿勢が際立つ。
- たとえ実行されなくとも、「言うべきことを言う」「筋を通す」姿勢が重要であるという倫理観が表れている。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
✅「成果が出なくとも、“進言すべきこと”は伝える責任がある」
- 組織で不正や問題があったとき、結果を恐れて沈黙するのではなく、筋を通して伝えることが、信頼と責任を築く。
- 孔子のように「言う義務」に重きを置く姿勢は、信頼される中間管理職やリーダーの本質。
✅「“通らなかったから言わない”ではなく、“通らなくても言う”覚悟が組織を救う」
- 特に組織内政治が強い場面では、「通るかどうか」で発言を選びがち。
- しかし、倫理・法令・理念に関わる事柄では、通るかどうかに関係なく、発言すること自体に意味がある。
✅「制度より信念、形式より行動」
- 孔子は主君の命令に従いつつも、自らの信念に基づいて行動している。
- 組織人であっても、形式や命令の裏に“正義”を持つ人間であることが、長期的な信頼を築く。
8. ビジネス用の心得タイトル
「通らずとも言うべし──“義を語る覚悟”が信頼を築く」
この章句は、**「結果より行動」「正義より忖度を選ぶ空気」**が蔓延しがちな現代において、
信念をもって進言し行動する人こそが、真に組織を守る存在であると教えてくれます。
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