覇者は天子の権限を無視して他国を討つ者
孟子は言った。
「天子が諸侯の領地を巡回し、土地の開発状況や民の生活状態を見て、適切に対応することを**巡狩(じゅんしゅ)と呼びます。諸侯が天子のところに報告することを述職(じゅっしょく)**と言い、これらは国の統治にとって非常に重要な活動です。天子は春には耕作の状態を見て不足している農具などを補い、秋には収穫を見て手が足りない地域を助け、民の生活を支える役割を果たしてきました。」
孟子はさらに続けて説明する。
「天子が諸侯の領地に入った際、土地が開発され、田畑が整備されており、老人が適切に養われ、賢者が尊敬され、才能のある者が位に就いている場合、その諸侯は褒美を与えられます。逆に、土地が荒れ果て、老人が無視され、賢者が登用されず、税金ばかりを徴収する者が高い地位にある場合は、その諸侯は罰を受けます。もし定期的な述職を怠ると、爵位が下げられ、再び怠ると領地が削られ、三度目となると天子の軍隊がその地に向けられます。」
ここで重要なのは、**「天子の軍は、諸侯に対して直接戦うことはなく、しかし諸侯が適切に政治を行わない場合には懲罰として軍を差し向けることができる」**という点です。
その一方で、覇者たちは自らの権限で他国を攻撃し、問題を解決しようとしました。これは天子の権限を無視した行為であり、孟子はこれを厳しく批判しています。
「五覇は、諸侯の身分にありながら、天子の命令を受けずに他の諸侯を攻撃しており、実際には天子の行うべき討伐を行っていると言える。これこそが、五覇が三王(禹王、湯王、文王・武王)に対する罪人である理由だ」と孟子は述べます。
原文と読み下し
曰、天子の諸侯に適くを巡狩(じゅんしゅ)と曰い、諸侯の天子に朝するを述職(じゅっしょく)と曰う。春は耕すを省みて足らざるを補い、秋は斂むるを省みて給らざるを助く。
其の疆に入るに、土地辟け(ぴっけ)、田野治まり、老を養い賢を尊び、俊傑位に在れば、則ち慶有り。慶するに地を以てす。
其の疆に入るに、土地荒蕪し、老を遺て(おいて)、賢を失い、掊克(ほうこく)位に在れば、則ち譲(ゆう)有り。
一たび朝せざれば、則ち其の爵を貶し、再び朝せざれば、則ち其の地を削り、三たび朝せざれば、則ち六師(ろくし)之を移す。
是の故に天子は討じて伐せず。諸侯は伐して討せず。五覇は、諸侯を摟きて(ひきつれ)以て諸侯を伐する者なり。
故に曰く、五覇は、三王の罪人なり。
※注:
- 巡狩(じゅんしゅ):天子が諸侯の領地を巡回し、領土や民の状態を確認すること。
- 述職(じゅっしょく):諸侯が天子に自国の政治状況を報告すること。
- 辟け(ぴっけ):土地が開発されていること。農地の開拓や土地の整備を指す。
- 掊克(ほうこく):税を過度に徴収する者、または民を厳しく扱う者。
- 六師(ろくし):天子の軍隊。大規模な軍隊を指し、国家の権威を行使するために使われる。
パーマリンク案(英語スラッグ)
sovereign-power-and-the-rulers
(主権の力と支配者たち)heavenly-right-vs-tyranny
(天の正義と暴君)punishing-the-usurpers
(奪う者への懲罰)
この章では、孟子が天子の権限と、覇者の行動の違いを鮮明にし、正当な統治がどのように行われるべきかを説いています。
1. 原文
天子之諸侯曰巡狩,諸侯之於天子曰述職。春省耕而補不足,秋省斂而助不給。入其疆,土地辟,田野治,養老尊賢,俊傑在位,則有慶,慶以地。入其疆,土地蕪,遺老失賢,掊克在位,則有讓。一不朝,則貶其爵;再不朝,則削其地;三不朝,則六師移之。是故天子討而不伐,諸侯伐而不討。五霸者,摟諸侯以伐諸侯者也。故曰,五霸者,三王之罪人也。
2. 書き下し文
天子の諸侯に適(ゆ)くを**巡狩(じゅんしゅう)と曰(い)い、
諸侯の天子に朝(ちょう)するを述職(じゅっしょく)**と曰う。
春には耕作の状況を見て不足を補い、秋には税の徴収状況を見て足りない所を助ける。
その国に入って、土地が開け、田畑がよく治まり、老人を養い、賢者を尊び、俊傑が位についていれば、それは慶(けい)である。
慶すれば、その報いとして土地(地)を与える。
反対に、その国に入って土地が荒れ、老人が顧みられず、賢者が退き、掊克(ぼうこく)=暴政を敷く官僚が仕えていれば、それは譲(じょう)=非難である。
一度朝貢を怠れば、その爵位を貶(へん)じ、
二度怠れば、その領地を削(けず)り、
三度怠れば、六軍(六師)を派遣して討伐する。
ゆえに、天子は“討”しても、“伐”せず(正当な処分のみ行う)。
しかし、諸侯は“伐”しても、“討”せず(私欲の戦争をする)。
五覇は、諸侯を集めて他の諸侯を攻めた者たちである。
したがって孟子は言う:「五覇とは、三王の罪人なり」と。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 天子が諸侯を巡るのを「巡狩」と言い、諸侯が天子に仕えるのを「述職」と言う。
- 春には耕作の実情を調べ、不足を補い、秋には徴税の状況を調べ、不足を助ける。
- その国に入ってみて、土地が整備され、田畑が治まり、老人が尊ばれ、賢人が登用されていれば、「慶」として地を与える。
- 逆に、土地が荒れ、老人や賢人が顧みられず、圧政官がいるようであれば、「譲(非難)」がなされる。
- 一度朝貢を怠れば爵位を下げ、二度で土地を削り、三度で六軍を派遣して処分する。
- ゆえに、天子の軍は義によって出され、“討伐”するが、私欲による“侵略(伐)”はしない。
- 諸侯は逆に、“伐”しても“討”さない(義に基づかない)。
- 五覇は、諸侯を引き連れて他の諸侯を攻めた者たちである。
- ゆえに五覇は、三王の道を乱した“罪人”である。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
天子(てんし) | 天下の支配者。堯・舜・禹・文王・武王ら理想の王を指す。 |
諸侯(しょこう) | 各地方の国主。天子に属し、領地を治める。 |
巡狩(じゅんしゅう) | 天子が諸侯の領地を巡回し、政治の実情を視察すること。 |
述職(じゅっしょく) | 諸侯が天子に出仕して職務報告・朝貢を行うこと。 |
慶(けい) | 褒賞として土地を与えること。 |
譲(じょう) | 非難・誡め。 |
掊克(ぼうこく) | 搾取・圧政を行う政治家。重税・強制などを意味する。 |
六師(りくし) | 天子直属の軍隊。討伐に使われる。 |
討と伐の違い | 「討」は義による処罰、「伐」は私欲に基づく侵略戦争。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は、古代の理想的な王道政治の仕組みを説いている。
天子が各地の諸侯を巡って政治の実態を把握し、よく治まっていれば土地を与える。逆に乱れていれば、非難し、最終的には軍を送って是正する。
このように、天子の戦いはあくまで“討(義による制裁)”であり、私欲のための“伐”ではない。
しかし、五覇と呼ばれる覇者たちは、正義ではなく権力によって諸侯を率い、他の諸侯を攻めた。これは王道から外れた覇道であり、孟子はこれを「三王の罪人」として非難したのである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「リーダーシップは“義”に基づくべし」という孟子の王道政治理念を象徴しています。
- 正当な視察・評価・改善こそが、上に立つ者の役割。
- 組織の中での統治・評価・処分は、感情や私益でなく、理念と実態に即してなされるべき。
- 私欲による支配・強制は、一見成功しているようでも、長期的には「道を外れた行為」であり、信頼と安定を損なう。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
❖ 「巡狩=現場主義」
トップが現場を視察し、真の実態を見て判断する。数字だけのマネジメントではなく、実情・人材・文化を直接観察し、評価することの重要性。
❖ 「評価は“仁義と成果”の両面から」
成果主義だけでなく、倫理や人間関係の健全性も含めて評価することで、文化のバランスが取れる。
❖ 「討と伐の区別=制裁と報復の違い」
コンプライアンス違反や業績不振の処分も、制度・理念・公正性に基づいて行うべき。
“私怨やパワハラまがい”は、孟子が言う“伐”である。
8. ビジネス用心得タイトル:
「討して伐せず──リーダーは私心を離れ、“公の義”で組織を正せ」
この章句は、現場主義のリーダーシップ、評価制度の正当性、権力と道義の関係など、組織運営のあらゆる面に深い示唆を与えます。
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