孟子はこの章で、「義を貴ぶ心」は賢者だけの特権ではなく、すべての人に本来備わっているものであると説きます。
「生きること」と「死ぬこと」は、最も根源的な欲望と恐れでありながら、それを超えてでも守ろうとするものが人にはあるという、性善説に基づいた倫理観が語られています。
生きるためなら何でもする? そんな人はいない
孟子はまず、逆説的な仮定から入ります:
「もし人が“生”より大事なものはないと思っているなら、
生きるためにできることは何でもするだろう」
あるいは:
「もし“死”ほど恐ろしいものはないと考えているなら、
死を避けられるならどんなことでもするだろう」
しかし、現実の人間はそうではない――
- 生き延びる手段があっても、あえてそれを選ばない人がいる
- 死を避けられる方法があっても、それを拒む人がいる
これはなぜか?
孟子ははっきり答えます:
「生より大事なもの(義)があり、死より憎むべきもの(不義)があるからである」
この心は誰にもある――賢者だけのものではない
孟子はさらにこう言います:
「こうした心を持つのは、賢者だけではない。人は皆この心を持っている。
賢者というのは、この心を失わずにいられる人なのだ」
ここで孟子は、人間の本性に備わる**“義を重んずる良心”**を強く信じており、
たとえそれが表に現れなくても、誰の心にも“義に従いたい”という傾向はあるとしています。
出典原文(ふりがな付き)
如(も)し人の欲する所、生(せい)より甚(はなは)だしきもの莫(な)しとせば、
則(すなわ)ち凡(およ)そ以(もっ)て生を得(え)べき者、何(なん)ぞ用いざらんや。
人の悪(にく)む所、死(し)より甚しきもの莫しとせば、
則ち凡そ以て患(うれ)いを辟(さ)くべき者、何ぞ為(な)さざらんや。
是(こ)れに由(よ)れば則ち生くるも、而(しか)も用いざること有り。
是に由れば則ち以て患いを辟くべきも、而も為さざること有り。
是の故(ゆえ)に、欲する所、生より甚しき者有り。
悪む所、死より甚しき者有り。
独(ひと)り賢者のみ是の心有るに非(あら)ざるなり。
人皆(みな)之(これ)有り。賢者は能(よ)く喪(うしな)うこと勿(な)きのみ。
注釈
- 凡可以得生者:生き延びられるあらゆる手段。
- 苟も得ることを為さず:手段を選ばずに生を得ようとすることをしない。
- 患いを辟く:災難・死を避けること。
- 是心:義を守ろうとする心。仁義の感覚に基づいた道徳的良心。
- 賢者は能く喪うこと勿きのみ:賢者とは、その心を常に保ち、失わない者のこと。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
some-things-outweigh-life
「命より大事なものがある」という章の核心をシンプルに表現。
その他の候補:
- righteousness-is-universal(正しさは万人の心にある)
- not-just-for-the-wise(義は賢者だけのものではない)
- life-is-not-everything(命がすべてではない)
この章は、孟子の性善説が**「行動の根拠」としてどれほど強固で現実的なものかを物語っています。
「人間は命を何より大切にする」と思われがちな中で、人は“正しさ”のために命を懸けることができるという孟子の主張は、
現代においても倫理、教育、リーダーシップ、自己犠牲の根本思想**として、多くの共感と尊敬を集めています。
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