言葉少なくして、まさに的を射る――それが本物の見識
魯(ろ)の国の役人たちが、新しく「長府(ちょうふ)」という倉庫を建てようとしていた。
それを耳にした閔子騫(びんしけん)は、静かにこう言った。
「古いものを活用すればいいではないか。何もわざわざ新しく作る必要はあるまい」
これを聞いた孔子は、深く感心してこう語った。
「あの人は普段はあまり物を言わないが、いざ口を開けば、必ず核心を突くのだ」
ここには、孔子の寡黙で見識ある者への深い敬意が込められている。
多くを語らずとも、必要なときに、必要なことを、的確に語れる。それは、言葉の重みと責任を知る者の証でもある。
「沈黙は金」とは、ただ口を閉じることではない。
語るべき瞬間を見極める知恵と、語るべき言葉を備える人間の静かな力こそが、尊ばれるべき美徳なのである。
引用(ふりがな付き)
魯人(ろひと)、長府(ちょうふ)を為(つく)らんとす。
閔子騫(びんしけん)曰(い)わく、旧貫(きゅうかん)に仍(よ)らば、之(これ)を如何(いかん)せん。
何(なん)ぞ必(かなら)ずしも改(あらた)め作(つく)らん。
子(し)曰(い)わく、夫(か)の人(ひと)言(い)わず。言(い)えば必(かなら)ず中(あた)る有(あ)り。
注釈
- 魯人(ろひと):魯の国の行政担当者。ここでは新倉庫建設の計画を進めていた役人を指す。
- 長府(ちょうふ):財物を保管するための倉庫の名。「府」は蔵、「庫」は武器庫を意味する。
- 旧貫(きゅうかん)に仍(よ)る:従来のやり方や施設をそのまま使うという意味。
- 言わず、言えば必ず中る:ふだん寡黙であるが、語れば確実に核心を突くという高い評価。
1. 原文
魯人爲長府。閔子騫曰、仍舊貫如之何、何必改作。子曰、夫人不言、言必有中。
2. 書き下し文
魯人(ろひと)、長府(ちょうふ)を為(つく)らんとす。閔子騫(びんしけん)曰(い)わく、旧貫(きゅうかん)に仍(よ)らば、之(これ)を如何(いかん)せん。何(なん)ぞ必ずしも改(あらた)め作(つく)らん。子(し)曰(いわ)く、夫(か)の人言(い)わず、言(い)えば必(かなら)ず中(あた)る有(あ)り。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「魯人、長府を為らんとす」
→ 魯の国の人々が、新たに「長府」という建物(あるいは役所)を建てようとしていた。 - 「閔子騫曰く、旧貫に仍らば、之を如何せん。何ぞ必ずしも改め作らん」
→ 閔子騫は言った。「今までのやり方(旧来の制度)に従えば十分ではないか。なぜ無理に新しく作り替えなければならないのか。」 - 「子曰く、夫の人言わず、言えば必ず中る有り」
→ 孔子は言った。「閔子騫という人は普段あまり多くを語らないが、ひと言発すれば、必ず核心を突いている。」
4. 用語解説
- 魯人(ろひと):孔子が仕えた魯の国の人々。官僚や役人のこと。
- 長府(ちょうふ):役所、政府機関、あるいはその建築。正確には不明だが、権威の象徴的な建造物と考えられる。
- 仍舊貫(きゅうかんによる):旧来のやり方に従うこと。「慣例に基づく」意。
- 改作(かいさく):刷新・建て直し・新制度の導入を意味する。
- 中る(あたる):的を射る、正確である。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
魯の国の人々が新しい政府の施設を建てようとしたとき、閔子騫はこう言った:
「これまでの制度や建物で十分なのではないか。なぜあえて新しく作る必要があるのか?」
それを聞いた孔子はこう言った:
「閔子騫は普段はあまり多くを語らないが、いざ話すと、言葉の一つ一つが的確である。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「変化の是非」についての態度と、「寡黙だが本質を突く人の価値」**を同時に示しています。
● 本質的メッセージ1:変化には慎重であれ
閔子騫の意見は、「古きものが必ずしも悪いとは限らない」「改変は目的ではなく、手段であるべきだ」という価値観を表しています。
むやみに新しいことを追わず、既存の仕組みの良さを見直すことの重要性が説かれています。
● 本質的メッセージ2:寡黙な人物の言葉にこそ重みがある
孔子は、多弁な者よりも、必要なときに必要な言葉を発する者を高く評価しています。
「黙して語らず、語れば的確」──それが真の賢者の姿です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
❶「改革は目的ではなく、手段である」
– システムや制度を刷新するとき、「なぜ変えるのか?本当に必要か?」を問うことが重要。“改善のための変化”と“変化のための変化”は違う。
❷「古き良きものを評価する視点を持つ」
– 旧来のルールや方法を頭ごなしに否定せず、歴史的な文脈・運用実績を尊重する姿勢が、組織の安定感と信頼につながる。
❸「寡黙な人の一言を拾えるかが、リーダーの資質」
– 会議で目立たないが、本質を突く発言をする人がいる。リーダーはそのような声に耳を傾け、正当に評価する力を持つべき。
8. ビジネス用心得タイトル
「変える前に問え──沈黙の中に、真の的がある」
この章句は、「変革と伝統」「多弁と寡黙」の価値を対比しながら、何が本質かを見極める判断力を私たちに問いかけています。
ビジネスにおいても、目立つ意見や新しいものばかりに飛びつかず、静かな洞察と現場の声にこそ、成功のヒントが隠れている──
そんな原理を孔子と閔子騫の対話から学ぶことができます。
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