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評価される人、語られない人――沈黙が語ることもある

――人の価値は、言葉より深く、沈黙にもにじむ

ある人が孔子に、歴史上の三人の人物について順に問いかけた。


① 子産(しさん)について

恵人(けいじん)なり。
→「仁愛に満ち、民を思いやる人物である」と孔子は即答し、高く評価した。


② 子西(しせい)について

彼をや、彼をや。
→「(ああ、その人か…)」という言い回し。明言を避け、評価すらしなかった。

この「彼をや、彼をや」は、語るに値しない、あるいは語るべきでないと判断した人物への婉曲な表現である。
孔子の内にある価値基準に明確に照らして、「関わりたくない」とさえ読み取れる拒絶の含意がある。


③ 管仲(かんちゅう)について

人なり。
→「あの人こそ人物だ」と簡潔に賞賛した。
管仲は斉の政治家で、功績とともに賛否が分かれる人物だが、孔子はその人徳と実力を高く評価していた。

さらに、

「伯氏(はくし)の村三百戸を没収したが、伯氏は粗末な食事で貧しく暮らしながらも、
死ぬまで恨み言を言わなかった。」

これは、管仲の処遇が公平で理にかなっていたからこそ、
被害者とされる側にさえ怨みがなかった
ことを示す。
孔子は、統治の正しさは結果と人心にあらわれると見ていたのである。


目次

総評:

この章句から学べることは、孔子は“人物の本質”を冷静に見極め、
語る価値がある者と、沈黙をもって退ける者をはっきりと区別していた
ということ。

人をどう語るか――あるいは語らないか――それ自体が深い人間観の表明なのである。


原文とふりがな付き引用:

「或(あ)る人、子産(しさん)を問(と)う。
子(し)曰(いわ)く、恵人(けいじん)なり。
子西(しせい)を問う。曰く、彼(か)をや、彼をや。
管仲(かんちゅう)を問う。曰く、人(ひと)なり。
伯氏(はくし)の邑(ゆう)三百を奪(うば)い、
疏食(そし)を飯(くら)い、歯(は)を没(ほろ)ぼすまで怨言(えんげん)無し。


注釈:

  • 恵人(けいじん) … 思いやり深く、仁の徳を体現する人。
  • 彼をや、彼をや … 「その人か…」と、評価を避ける婉曲な表現。軽蔑や失望を含む。
  • 管仲(かんちゅう) … 春秋時代の斉の宰相。政治的手腕に優れた歴史的人物。
  • 邑三百(ゆうさんびゃく) … 村三百戸。相当な規模の領地。
  • 疏食(そし) … 粗末な食事。
  • 没齒(ぼっし) … 一生の意。死ぬまで。
  • 怨言(えんげん) … 恨みごと、愚痴。

1. 原文

或問子產。子曰、惠人也。問子西。曰、彼哉彼哉。問管仲。曰、人也。奪伯氏三百邑、食於疏、沒齒無怨言。


2. 書き下し文

或(ある)ひと子産(しさん)を問う。子(し)曰(いわ)く、恵(けい)人(じん)なり。子西(しせい)を問う。曰く、彼をや、彼をや。管仲(かんちゅう)を問う。曰く、人なり。伯氏(はくし)の邑(ゆう)三百を奪(うば)う。疏食(そしょく)を飯(くら)い、歯を没(う)するまで怨言(えんげん)無し。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)

「或る人、子産を問う」
→ ある人が、子産について孔子に尋ねた。

「子曰く、恵人なり」
→ 孔子は答えた。「思いやり深い人物だ。」

「子西を問う。曰く、彼をや、彼をや」
→ 子西について問われると、「ああ、あの人か、あの人か…」と繰り返すばかりだった。

「管仲を問う。曰く、人なり」
→ 管仲について尋ねられたときは、「立派な人物だ」と答えた。

「伯氏の邑三百を奪う」
→ 「彼は伯氏から300の領地を奪ったが、」

「疏食を飯い、歯を没するまで怨言無し」
→ 「伯氏は粗末な食事で生涯を終えるまで、管仲に対して一度も恨みごとを言わなかった。」


4. 用語解説

  • 子産(しさん):鄭の政治家。徳政を行い、孔子も高く評価していた。
  • 子西(しせい):鄭の政治家。子産と同時代の人物で、評価に言葉を濁された。
  • 彼哉彼哉(かのや、かのや):明確な言及を避ける表現。やや距離を置いたニュアンス。
  • 管仲(かんちゅう):斉の宰相。名宰相とされるが、手段が苛烈だったとも言われる。
  • 伯氏(はくし):領地を奪われた貴族。
  • 邑(ゆう):地方領地、封地。
  • 疏食(そしょく):粗末な食事。白米や贅沢な料理でない簡素な食事。
  • 歯を没するまで:歯が抜けるまで、すなわち死ぬまで。
  • 怨言無し(えんげんなし):恨み言を言わなかった。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

ある人が孔子に政治家たちについて意見を求めた。

子産について問うと、孔子は「思いやりのある人物だ」と即答した。
子西については「ああ、あの人か…」と、明確な評価を避けた。
管仲については「立派な人物だ」と認め、こう補足した:

「彼は伯氏の300の領地を奪ったが、伯氏は粗末な食事で生涯を終えるまで、
一度も彼を恨まなかった。それほどの人物だったのだ。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、孔子の人物評価の基準と、政治的徳行の多様な在り方を示すものです。

  • 子産は徳のある統治者。「恵人」と評されるほど、思いやりに満ちた施政者。
  • 子西は判断が保留された人物。孔子が明確な評価を避けたことで、かえって“賢さに欠ける”可能性を示唆。
  • 管仲は現実政治における功績と手段の評価のバランスを体現。
    • 領地を奪うという強硬手段を用いながらも、支配された側からも恨まれなかった。
    • 統治においては「結果」もまた重要な要素である、という含意がある。

7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

✅「“優しいだけ”が良いリーダーとは限らない」

  • 子産のように「思いやり」で信頼を得る人物もいれば、
  • 管仲のように「強い采配」で結果を出す人物もいる。

→ リーダー像は一様ではなく、成果と人間性のバランスで評価される。

✅「評価を避ける言葉には、深いメッセージがある」

  • 孔子が子西について「彼をや」と言ったのは、直接的な否定ではなく、慎重な距離を示す。
  • 現代でも、「評価を保留する」というスタンスには暗黙のフィードバックが含まれる。

✅「部下が不満を持たない統治とは、“配慮された支配”である」

  • 管仲の事績からは、「強硬な判断でも、誠意と大義が伴えば支持される」ことがわかる。
  • リーダーは時に厳しい決断を下すが、その後の対応・説明・配慮が信頼を決定づける。

8. ビジネス用の心得タイトル

「強さも優しさも、“恨まれぬ統治”に徳は宿る」


この章句は、リーダーとは“力”と“徳”のバランスを持って人を動かす者である
という孔子の多面的な人物観・評価観をよく示しています。

功績・姿勢・人望のどれか一つではなく、**“どのように他者に受け入れられたか”**が、
人物の真価を決めるのです。


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