孟子は、人としての在り方において、**仕えること(事)と、守ること(守)**の根本を明確に説く。
仕えるということの根本は、「親に仕える」こと
孟子は問う:
「仕えるということの中で、最も大切なものは何か?」
その答えは、
「親に仕えることが、仕えることの大本(おおもと)である」
これは、家族関係の中で最も基本的かつ本質的な行為である「孝(こう)」――親への誠実なつかえ方が、
そのままあらゆる対人関係、特に目上の人との関係の基礎となるという考え方に基づいている。
守るということの根本は、「自分の身を守る」こと
孟子はまた、こう続ける:
「守るということの中で、最も大切なものは何か?」
その答えは、
「自分自身を正しく守ることが、すべての守ることの出発点である」
そして、
- 自らを律し、正しく生きた人が、親にうまく仕えることは、よくあることだ
- しかし、
- 自分を崩してしまった者が、親にきちんと仕えたという話は、聞いたことがない
と言い切る。
これは、他者に誠実に尽くすためには、まず自分自身が正しく立っていなければならないという道徳観を示している。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
事(つか)うること、孰(いず)れか大(だい)なりと為(な)す。
親(おや)に事うるを大なりと為す。
守(まも)ること、孰れか大なりと為す。
身(み)を守るを大なりと為す。
其(そ)の身を失(うしな)わずして、能(よ)く其の親に事うる者は、吾(われ)之(これ)を聞(き)けり。
其の身を失いて、能く其の親に事うる者は、吾未(いま)だ之を聞かざるなり。
孰れか事うると為さざらん。
親に事うるは、事の本(もと)なり。
孰れか守ると為さざらん。
身を守るは、守の本なり。
注釈
- 事う(つかう):仕える。奉仕する。主君や目上の者に対する行為の総称。
- 親に事うる:両親に誠意と礼をもって仕えること。儒教の基本徳「孝」の実践。
- 身を守る:道義にかなった生き方をすること。自己を律し、自分の価値を損なわない。
- 事の本/守の本:すべての仕える行為・守る行為の根源。家庭から広がる儒教的徳の体系を示す。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- service-begins-with-parents(仕えることは親から)
- guard-your-character-first(まずは己を守れ)
- no-service-without-self-control(自律なき孝なし)
- filial-piety-is-the-root-of-duty(孝はすべての根)
この章は、孟子が説く**儒教道徳の最重要原則「孝と自律」**を簡潔に表現したものであり、
親への仕え方と自分自身の生き方が一体であることを力強く語っています。
原文
孟子曰、事孰爲大、事親爲大。
守孰爲大、守身爲大。
不失其身而能事其親者、吾聞之矣。
失其身而能事其親者、吾未之聞也。
孰不爲事、事親事之本也。
孰不爲守、守身守之本也。
書き下し文
孟子曰く、
事うること孰れをか大と為す。親に事うるを大と為す。
守ること孰れをか大と為す。身を守るを大と為す。
其の身を失わずして能く其の親に事うる者は、吾れ之を聞けり。
其の身を失いて能く其の親に事うる者は、吾れ未だ之を聞かざるなり。
孰れか事うると為さざらん。親に事うるは事うるの本なり。
孰れか守ると為さざらん。身を守るは守るの本なり。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 「人がなすべきことのうち、最も大切なことは何か。」
- 「それは親に仕える(孝を尽くす)ことである。」
- 「人が守るべきことで最も大切なものは何か。」
- 「それは自分自身(身)を守ることである。」
- 「自らの身を失わずに、親に仕えることができる者の話は聞いたことがあるが、
自分を滅ぼしてまで親に仕えた者の話は聞いたことがない。」 - 「誰もが何かを“仕えて”生きている。
だが、親に仕えることが“仕える”という行為の根本である。」 - 「誰もが何かを“守って”生きている。
だが、自分自身を守ることが“守る”という行為の根本である。」
用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
事(こと) | 仕える、つかえること。孝行を含む。 |
親 | 両親。ここでは親孝行・敬意の対象。 |
守(まもる) | 信念や倫理、自分の命を保持すること。 |
身 | 自分自身の命・人格・尊厳などを含む。 |
本 | 根本・根拠・根源的な原則。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
「人が行うべきことで、最も大切なのは親への仕え(孝)である。
また、人が守るべきもので、最も大切なのは自分自身の命と人格である。
自分を損なわずに親に尽くした者の話は聞いたことがある。
だが、自分を失ってまで親に尽くすことが正しいという話は聞いたことがない。
誰もが何かのために尽くすが、最も大切なのは親への孝行であり、
誰もが何かを守っているが、最も大切に守るべきは“自分自身”である。」
解釈と現代的意義
この章句は、「自己の確立」と「他者への忠誠・尽力」のバランスについて深く語っています。
1. 自己犠牲は美徳ではない
- 親や他者に尽くすことは美しいが、
自分を失うほどの犠牲は、本末転倒であるという孟子の明確な主張。
2. 親孝行・組織貢献の前に“自分を守ること”が大切
- 心身の健康、人格、尊厳などを保たなければ、
真に他者に尽くすことなどできない。
3. “身を守る”ことは、生きる上での原点
- メンタルヘルスやワークライフバランスに通じる思想。
- 自分をないがしろにすることは、長期的には親や組織への損失にもつながる。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 社員の“自己尊重”を組織文化の基盤に
- 仕事に尽くす前に、まず自分を大切にすること。
- これは組織の健全性を支える第一歩。
2. 過剰な自己犠牲はリスク
- 社員が自己を犠牲にして働く文化は、いずれ破綻する。
- 真の貢献は、自己を確立した上での健全なエネルギーから生まれる。
3. “身を守る”ための制度設計
- 労働時間の管理、休息の推奨、心理的安全性の確保など、
“守身”の視点から組織運営を見直すことが重要。
ビジネス用心得タイトル
「自己を守ってこそ、真の尽力が生まれる──“守身”は“孝”の前提である」
この章句は、孟子が強く主張する「人間の尊厳」と「自己確立」を示すものです。
それは単なる親孝行の話ではなく、現代人が“社会や組織に貢献する”ための前提条件を説いているとも言えます。
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