孟子は、うまくいかないことがあったとき、まず自分自身にその原因を求める「反求諸己(はんきゅうしょき)」の姿勢こそが、真に徳を得るための第一歩だと説く。
たとえ相手に愛情を注いでも親しまれないなら、自分の「仁」が足りているかを見直せ。
人を治めても治まらないなら、自分の「智」に過ちがないかを考えよ。
相手に礼を尽くしても返ってこないなら、自分の「敬」が誠実であったかを反省すべきだ。
このように、他者の反応や成果が得られないときには、すべて自らの言動・心持ちに立ち返り、正すべきところを見つめ直す。
そして己を正しく保てば、自然と人は心服し、天下はその徳に従うようになる。
孟子はこれを『詩経』の言葉で裏付ける――
「長く天命に従って行えば、自ら多くの幸福を得る」。
正しき者のもとにこそ、福も、人も、天下も集まるのだ。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
人(ひと)を愛(あい)して親(した)しまれざれば、其(そ)の仁(じん)に反(かえ)れ。
人を治(おさ)めて治まらざれば、其の智(ち)に反れ。
人に礼(れい)して答(こた)えられざれば、其の敬(けい)に反れ。
行(おこな)いて得(え)ざる者(もの)有(あ)らば、皆(みな)諸(これ)を己(おのれ)に反求(はんきゅう)す。
其の身(み)正(ただ)しければ、天下(てんか)之(これ)に帰(き)す。
詩(し)に云(い)う、永(なが)く言(ここ)に命(めい)に配(はい)し、自(みずか)ら多福(たふく)を求(もと)む、と。
注釈
- 反求(はんきゅう):外に原因を求めず、自分の内面・言動を省みて原因を探ること。孟子の核心思想のひとつ。
- 仁(じん)・智(ち)・敬(けい):それぞれ「愛」「知恵」「尊敬」の徳目。これらが欠けていないかを省みる。
- 其の身正しければ、天下之に帰す:己がまっすぐであれば、人々は自ずと帰属する、という孟子の理想。
- 永言配命(えいげんはいめい):『詩経』からの引用。「長く天命に合致して行動し、自ら多くの幸福を得る」と解釈される。
原文
孟子曰、愛人不親、反其仁。治人不治、反其智。禮人不答、反其敬。
行而不得者、皆反求諸己。其身正而天下歸之。
詩云、永言配命、自求多福。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、
人を愛して親しまれざれば、其の仁に反(かえ)れ。
人を治めて治まらざれば、其の智に反れ。
人に礼して答えられざれば、其の敬に反れ。
行(おこな)いて得ざる者有らば、皆(みな)諸(これ)を己に反(かえ)り求む。
其の身(み)正しければ、天下之(これ)に帰(き)す。
詩に云(い)う、永(とこし)えに言(こと)を命(めい)に配(あ)わせ、
自(みずか)ら多(おお)くの福(ふく)を求む、と。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 他人を愛しても親しまれないなら、それは自分の仁(思いやり)に問題があると振り返るべきだ。
- 人を治めても社会が治まらないなら、それは自分の智(知恵)に問題がある。
- 人に礼儀を尽くしても返礼がないなら、それは自分の敬意の持ち方に問題がある。
- 行動して成果が得られないときは、すべて自分にその原因を求めよ。
- 自らの行いが正しければ、人々は自然と従い集まってくる。
- 『詩経』にもこうある:「日々の言葉や行いを天命と調和させ、自ら多くの福を招け」と。
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
反求諸己(はんきゅうしょき) | 自分の行い・心に立ち返って原因を探すこと。内省。 |
仁・智・敬 | 仁:思いやり、智:知恵、敬:敬意・礼節。 |
身正しければ天下之に帰す | 自分が正しければ、他人は自然とついてくる。 |
永言配命(えいげんはいめい) | 日々の言葉や行いを天命と調和させること。『詩経』引用。 |
自求多福(じきゅうたふく) | 福は自分の行いによってもたらされるという意味。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
人を思いやっているつもりでも親しまれないのは、
自分の「仁」に本当の誠意があるか、振り返るべきである。
人を統治しても社会が治まらないのは、
自分の「知恵」や方針に過ちがあるかもしれない。
人に礼を尽くしても礼が返ってこないのなら、
自分の「敬意」が本物だったかを反省すべきだ。
行動して成果が出ないときは、すべて自分にその原因を求めよ。
自分の身を正しくすれば、人々は自然と従ってくるものだ。
『詩経』にもこうある:
「言葉や行いを天命にかなうようにし、自分の努力で多くの幸福を招け」と。
解釈と現代的意義
この章句は、**「他責」ではなく「自責」**の哲学を説いています。
1. 内省なくして成長なし
- 結果が思うようにいかないとき、人のせいにせず「自分の何が至らなかったか」を問うこと。
- これはリーダー、組織人、家庭人すべてに通じる普遍的な姿勢です。
2. 本当に“尽くしている”かの自己検証
- 「愛しているのに伝わらない」「努力しているのに報われない」──これらは、相手ではなく自分の在り方を問い直す契機。
- “真心”や“礼節”が形式的になっていないか、省みること。
3. 自己修養が信頼と成功を生む
- 「身を正す」ことが信頼の核。
- 自分が誠実であれば、周囲は自然とついてくるという、静かな確信。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 成果が出ないとき、“組織のせい”ではなく“自分の工夫不足”を問え
- 部下に指示が通らない、顧客と信頼関係が築けない──そうしたときは、「自分の伝え方」「提案の誠意」など、内面とスキルを見直す機会。
2. リーダーは「反求諸己」で信頼を築く
- リーダーこそ、うまくいかない原因を「自分に返す」姿勢が求められる。
- その“姿勢”がメンバーに伝わり、信頼と尊敬を集める。
3. 「身を正す」ことで自然と人が集まる
- 技術や戦略も大事だが、最も強い“求心力”は誠実な人間性。
- 組織文化を形づくるのは、リーダーの“徳”である。
ビジネス用心得タイトル
「成果が出ぬ時こそ“己に返る”──人は正しき者に自然と従う」
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