—— 伝統と実利、そして徳を選び取る知恵
顔淵(がんえん)が「国を治めるにはどうすればよいか」と問うと、孔子は答えた。
「夏の暦を用い、殷の車を使い、周の冠をかぶり、楽は舜の韶(しょう)を舞う。
そして、鄭(てい)の音楽は避け、口先ばかりの人間(佞人)は遠ざけよ」と。
孔子が説いたのは、単なる古いものへの回帰ではない。
過去から今に至るまで、時代や国を超えて“本当に価値あるもの”を選び取るという姿勢である。
制度や文化、道具、習慣は、それぞれ長所と短所がある。
その中から、徳と実用にかなうものを組み合わせ、逆に人心を乱すもの・言葉だけ巧みな人間は排除すべきだと、
孔子は教えている。
原文とふりがな
「顔淵(がんえん)、邦(くに)を為(おさ)めんことを問(と)う。
子(し)曰(い)わく、夏(か)の時(とき)を行(おこな)い、殷(いん)の輅(ろ)に乗(の)り、周(しゅう)の冕(べん)を服(ふく)す。
楽(がく)は則(すなわ)ち韶舞(しょうぶ)し、鄭声(ていせい)を放(はな)ち、佞人(ねいじん)を遠(とお)ざく。
鄭声(ていせい)は淫(いん)にして、佞人(ねいじん)は殆(あや)うし」
注釈
- 「夏の時」:夏王朝の暦法(陰暦)。農耕に適していたため採用をすすめた。
- 「殷の輅(ろ)」:殷時代の頑丈で実用的な漆塗りの車。制度よりも実利を重視。
- 「周の冕(べん)」:祭礼用の冠。周の制度は文化的洗練の象徴とされた。
- 「韶舞(しょうぶ)」:舜が用いた楽舞。気品と徳の象徴で、孔子が絶賛した。
- 「鄭声(ていせい)」:鄭国の享楽的な音楽。風俗を乱すものとされ、孔子はこれを忌避。
- 「佞人(ねいじん)」:弁舌巧みに見えるが、実のない人物。国政を誤らせる存在。
- 「殆(あやう)し」:危うくする。信義や公正を損なう危険があるという意味。
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(賢く融合せよ)avoid-flattery-seek-virtue
(お世辞を避け、徳を求めよ)
この章句は、「どこから学ぶか」ではなく「何を学ぶか」が重要であることを教えてくれます。
現代においても、歴史や異文化から価値あるものを柔軟に取り入れつつ、本質を見失わない姿勢が求められています。
1. 原文
顔淵問為邦。子曰、行夏之時、乗殷之輅、服周之冕、楽則韶舞、放鄭声、遠佞人。鄭声淫、佞人殆。
2. 書き下し文
顔淵(がんえん)、邦(くに)を為(おさ)めんことを問(と)う。子(し)曰(いわ)く、夏(か)の時(とき)を行(おこな)い、殷(いん)の輅(ろ)に乗(の)り、周(しゅう)の冕(べん)を服(ふく)す。楽(がく)は則(すなわ)ち韶(しょう)を舞(ま)い、鄭声(ていせい)を放(はな)ち、佞人(ねいじん)を遠(とお)ざく。鄭声(ていせい)は淫(いん)にして、佞人(ねいじん)は殆(あや)うし。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「顔淵、邦を為めんことを問う」
→ 顔淵が孔子に「国を治めるにはどうすべきか」を尋ねた。 - 「子曰く、夏の時を行い、殷の輅に乗り、周の冕を服す」
→ 孔子は答えた。「夏王朝の暦を採用し、殷王朝の車に乗り、周王朝の礼服を用いなさい」。 - 「楽は則ち韶舞し、鄭声を放ち、佞人を遠ざく」
→ 「音楽は舜王の時代の“韶(しょう)”を舞い、鄭国風の俗悪な音楽は遠ざけ、口先だけで立ち回るような人は遠ざけなさい」。 - 「鄭声は淫にして、佞人は殆し」
→ 「鄭の音楽は人の心を乱し、佞人は国を危うくするからだ」。
4. 用語解説
- 顔淵(がんえん):孔子の最も優れた高弟の一人。徳に秀でていたが、若くして亡くなった。
- 夏の時(かのとき):夏王朝の暦や制度。孔子が重んじた古の礼。
- 殷の輅(いんのろ):殷の時代の王車。格式と伝統の象徴。
- 周の冕(しゅうのべん):周王朝の礼服。礼制文化の代表。
- 韶(しょう):舜王時代の雅な音楽と舞。道徳的浄化を象徴する。
- 鄭声(ていせい):鄭国の風俗音楽。快楽的で退廃的とされた。
- 佞人(ねいじん):口先だけで取り入る、表裏のある人物。
- 淫(いん):過度に官能的・情欲的で節度を失わせるもの。
- 殆(あやう)し:危険である、破滅を招くおそれがある。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
顔淵が孔子に「国の治め方」について尋ねた。
孔子は答えた:
「夏の暦を採用し、殷の王車に乗り、周の礼服を着用するようにしなさい。
音楽は舜王時代の“韶”の舞を用い、鄭国風の乱れた音楽は遠ざける。
また、言葉巧みに人を惑わす者は遠ざけなさい。
なぜなら、鄭の音楽は人の節度を乱し、佞人は国を危険にさらすからだ」。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、文化と人材の選択こそが国家統治の根幹であるという孔子の政治哲学を示しています。
- 孔子は「夏・殷・周」三代の礼・制度・文化の良き部分を融合させることを説いています。
- 音楽や衣服は単なる飾りではなく、人の徳と社会秩序に影響を与える文化的力を持つ。
- 「鄭声」や「佞人」を遠ざけるとは、快楽主義・お追従・虚飾の文化を拒絶し、正しい徳を保つ環境整備を意味します。
7. ビジネスにおける解釈と適用
◆ 「制度・文化・価値観の三本柱で組織を作る」
夏=制度、殷=実用、周=文化といったように、統治=組織運営には多様な要素の統合が必要。
◆ 「“文化”は行動様式を決める無形の力」
健全な音楽(=文化)を用いよ、とは、「快楽主義に流れず、品格ある文化を育てよ」との意味。社内風土の健全化が人と組織を守る。
◆ 「佞人を登用するな=イエスマンに頼るな」
口が達者で上に取り入るタイプを評価すると、組織は道を誤る。誠実で実力ある人材を登用すべし。
◆ 「長期視点で“徳”を醸成する環境設計」
衣・車・音楽という象徴的な要素は、現代でいえば制度設計・オフィス文化・評価基準など。これらを整えることで徳を育む組織が形成される。
8. ビジネス用心得タイトル
「制度・文化・人物──“徳を守る環境”が組織を治める」
この章句は、リーダーや経営者にとっての**「統治とは何か」「育てるべき文化は何か」**を深く問いかける教えです。
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