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幸運に頼るな、人材登用こそ国の礎

貞観元年、唐の太宗は「仁義による統治」を目指すと語った。
歴代の帝王を見ても、徳をもって治めた者は国を長く保ち、法のみをもって制した者は一時的には効果を上げても、やがて滅びたという。
太宗は、自らも道徳と真心によって人々の風俗を正したいと強く志を述べた。

これに対し、重臣の王珪は「それを成し遂げるには、何よりも賢人の登用が必要です」と進言した。
太宗はすぐさま、「私は眠っている間でさえ、賢人を求めている」と返し、志の深さを示した。

さらに杜正倫が進み出て言う。「世には必ず才ある者がいます。君主がそれを見出して用いるか否かが問題なのです。
夢に傅説(ふえつ)を見たり、川辺で呂尚(りょしょう)に偶然出会うといった幸運に頼らずとも、人材は探し求めて登用すべきです。」

このやり取りは、仁義の実現に必要なのは“偶然の出会い”ではなく、明確な意志と選抜の努力であることを示している。
政治とは「運任せ」ではない。人を得てこそ、道は拓かれる。


引用(ふりがな付き)

「世(よ)に必(かなら)ず才(さい)ある者(もの)あり。時(とき)に随(したが)ってこれを用(もち)いよ。何(なん)ぞ夢(ゆめ)に傅説(ふえつ)を待(ま)ち、呂尚(りょしょう)に逢(あ)うを待(ま)って、然(しか)る後(のち)に治(ち)を為(な)さんや」


注釈

  • 仁義(じんぎ):人徳・正義をもって国を治めること。
  • 王珪(おうけい):唐の忠臣。冷静な現実認識と助言に優れる。
  • 杜正倫(と・せいりん):積極的に諫言し、実務に強い官僚。
  • 傅説(ふえつ):殷の武丁が夢で見た名宰相。れんが積み職人から登用された逸話がある。
  • 太公望・呂尚(りょしょう):周の文王が川辺で釣りをしていた彼を見出した故事から、幸運の象徴として語られる。

パーマリンク(英語スラッグ)

seek-talent-not-luck

「運よりも人材を探せ」というこの章の核心を端的に表すスラッグです。
代案として、talent-builds-nations(人材が国を築く)、virtue-needs-people(徳治は人により成る)などもご提案可能です。


この章は、仁義政治の理想を掲げるにとどまらず、それを実現するための「人材登用」という現実的で明確な視点を持つ重要な一節です。

以下に、『貞観政要』巻一「貞観元年 太宗、仁義による政治を志し、群臣と語らう章句」について、いつもの構成に従って丁寧に整理いたします。


目次

『貞観政要』巻一「仁義による政治の志と賢才の登用について」より


1. 原文の要約

貞観元年(627年)、唐の太宗(李世民)は、「古来、仁義によって国を治めた帝王は長く国運を保ったが、法と刑罰だけに頼った者は、一時的に成果があってもすぐに衰退する」と述べた。そして、「私は今、仁義と誠信を政治の基本とし、前代の形式的で冷酷な風潮を一新したい」と語った。

これに対し、黄門侍郎**王珪(おう・けい)**は、「長年混乱していた天下を継ぎ、徳をもって風俗を変える今の政治は、万世に福をもたらすものである。しかし、賢才なくしては統治は成り立たず、人材登用こそが肝要です」と述べた。

太宗は「賢人を求める思いは、夢の中でも忘れたことはない」と応じた。

給事中の**杜正倫(と・せいりん)**は、「賢才は必ず時代ごとに存在します。いつまでも夢の中で傅説(ふえつ)や呂尚(りょしょう)のような人材を待つのではなく、今この時にふさわしい人材を見出し、活かすべきです」と述べた。

太宗はこの言葉を深く納得し、賢才を得て時に応じた登用の重要さを再確認した。


2. 書き下し文

貞観元年、太宗、曰く:
「古(いにしえ)より帝王、仁義をもって治めし者は、国祚(こくそ)延び、法をもって人を御す者は、一時を救うといえども、敗れることもまた速し。
前王の事を見るに、元龜(げんき)に足る。今、専ら仁義と信用をもって治め、前代の澆薄(ぎょうはく)を革めんと欲す」

黄門侍郎王珪、対えて曰く:
「天下の乱れ久しく、陛下これを継ぎて、風を移し徳を弘む。これは万代にわたる福でございます。
ただし、賢者無くしては治まらず、惟だ人を得るに在り

太宗、曰く:
「賢を思うの情、豈(あに)夢寐(むび)にも忘れんや」

給事中杜正倫、進んで曰く:
「世には必ず才あり、時に随って用うべし。豈(いずく)んぞ傅説(ふえつ)や呂尚(りょしょう)を夢に待ちて、しかる後に治むべきか」

太宗、深くその言を善しとす。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)

  • 太宗は言った:
    「古代より、仁義をもって国を治めた帝王は、その国運が長く続いた。一方で、法と刑罰によって人を支配した者は、一時的な成功はあっても、早々に衰退してしまった」
  • 「歴代の帝王の事例を見れば、それはまさに『元龜(=鏡)』として今の参考になる。私は、仁義と誠信をもって国を治め、前代の形式的で冷たい政治風潮を改めたいと考えている」
  • 王珪が答えた:
    「天下の混乱が長く続いた後、陛下はその残り火を継ぎ、風俗を改めておられます。それは万代にわたって恩恵をもたらすことでしょう。ただし、賢者がいなければ統治はできません。要は人を得ることに尽きます
  • 太宗は「賢者を求める思いは、夢の中でも忘れたことがない」と言った。
  • 杜正倫が進み出て言った:
    「世の中には常に才能ある人物が存在します。時勢に応じて使えばよいのです。傅説や太公望のような名臣を夢の中で待つ必要はありません」
  • 太宗はこの言葉を深く評価した。

4. 用語解説

用語解説
国祚(こくそ)王朝の命運、国家の存続期間。
元龜(げんき)占いに用いられる霊亀。ここでは「鏡」「前例」「戒め」の意。
澆薄(ぎょうはく)風俗や政治が薄情・形式的・冷淡になること。
傅説(ふえつ)殷王に仕えた伝説の賢臣。夢に現れて登用された逸話あり。
呂尚(りょしょう)太公望。周の文王に見出された伝説的な軍師・政治家。
黄門侍郎・給事中皇帝の近習職。政治意見を直接上申できるポジション。

5. 解釈と現代的意義

この章句は、徳治主義と人材登用の重要性という、儒教政治思想の核心を描いています。

  • 太宗は「法と力による統治の限界」を自覚し、仁義と誠信による統治を志向。
  • 王珪は、徳による政治も「適材を得なければ成立しない」と現実を指摘。
  • 杜正倫は「名臣を夢で待つのではなく、今を生きる人物の中に光を見出し、登用せよ」と行動主義を説く。

これは、リーダーの理想と補佐役の現実主義的アドバイス、そして実行への促しが見事に調和した場面です。


6. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「理念は徳に、実行は人材に宿る」
     経営理念や行動指針があっても、それを実現する人材の採用と配置がなければ絵に描いた餅である。
  • 「今いる“普通の人材”の中に宝が眠っている」
     伝説的な天才を夢見るのではなく、現在のチームから光る才能を見出し、育てる努力が求められる。
  • 「厳罰と監視より、共感と信頼で組織を導く」
     規則や制裁で統制する組織は短命。誠信と共感で人を動かす組織が持続する。

7. ビジネス用心得タイトル

「人を得て、徳を治む──理念を現実にするのは人の力」


この章句は、組織における「理想と人材」の連携の重要性を説く、経営にも通じる普遍的な教訓です。

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