私が出世や栄誉を望まなければ、
世間が差し出してくる**「利禄(りろく)」――大きな利益や高禄――という**
香り高い誘惑(=香餌)に心を乱されることもない。
私が人と競って官職や名声を得ようとしなければ、
誰かに足を引っ張られたり、策略に陥れられたりすることを恐れる必要もない。
つまり、欲さなければ惑わされず、競わなければ奪われない。
静かに志を保つ者こそが、真に安らぎある道を歩む。
引用(ふりがな付き)
我(われ)、栄(えい)を希(ねが)わずんば、何(なん)ぞ利禄(りろく)の香餌(こうじ)を憂(うれ)えんや。
我、進(すす)むを競(きそ)わずんば、何ぞ仕官(しかん)の危機(きき)を畏(おそ)れんや。
注釈
- 利禄(りろく):利得と高い俸禄。現代でいえば、収入や地位・肩書などの世俗的成功。
- 香餌(こうじ):良い香りのエサ。甘い誘惑の象徴。人を引き寄せるが、しばしば罠でもある。
- 進むを競わずんば:地位や名誉を巡って争わないこと。争わなければ奪い合いは起こらない。
- 仕官の危機:官職・役職に就くことによって生まれる嫉妬、策略、失脚などのリスク。
関連思想と補足
- 『菜根譚』後集42条も同様に、官位や報酬に執着することの危うさを戒めている。
- 『論語』為政第二には「言って尤(とが)め寡(すく)なく、行って悔い寡ければ、禄その中に在り」とあり、
真に有徳な者には禄(報酬)が自然と伴うものであって、求めて追うものではないという思想が見られる。 - 西郷隆盛の「命も名も官位も金もいらぬ人」という言葉にも通じる。
無欲な者こそが本当に強く、揺るぎない人間である。
原文
我不希榮、何憂乎利祿之香餌。
我不競進、何畏乎仕官之機危。
書き下し文
我、栄(えい)を希(ねが)わずんば、何ぞ利禄(りろく)の香餌(こうじ)を憂えんや。
我、進むを競わずんば、何ぞ仕官(しかん)の機危(きき)を畏れんや。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「我、栄を希わずんば、何ぞ利禄の香餌を憂えんや」
→ 私が名誉を求めないのであれば、どうして地位や金銭のような利益の“甘い誘い”を気に病むことがあるだろうか。
「我、進むを競わずんば、何ぞ仕官の危機を畏れんや」
→ 私が昇進や出世を人と争わないのであれば、官職を得ることにまつわる危険や陰謀を恐れる必要などあろうか。
用語解説
- 希榮(きえい):名誉・栄光を願い求めること。
- 利禄(りろく):利益と俸禄、すなわち地位や金銭的報酬。
- 香餌(こうじ):香ばしい餌、美味しそうな誘惑。ここでは利禄を喩えた表現。
- 競進(きょうしん):他者より先んじようと争って前に出ること=出世競争。
- 仕官(しかん):役人として仕えること。官途につくこと。
- 機危(きき):陰謀や策略の渦、またそれに伴う危険。
全体の現代語訳(まとめ)
私は名誉を求めていないのだから、地位や金銭といった甘い誘惑に惑わされることなどない。
また、私は出世や昇進を争おうとは思っていないのだから、仕官にまつわる陰謀や危険を恐れる必要もない。
解釈と現代的意義
この章句は、「欲望を手放せば、恐れや悩みも消える」という、老荘思想的な達観と精神的自由を説いています。
- 希わなければ、惑わされない
- 競わなければ、巻き込まれない
という二つの対句構造で、外的評価や競争に囚われないことで心の平安を得る姿勢を示しています。
現代社会に通じるメッセージは非常に深く、「競争」「誘惑」「リスク管理」に追われる中で、あえて一線を画す態度の尊さを示しています。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「“栄誉”を追わぬ者は、誘惑に強くなる」
名声や報酬を第一に求めると、人は評価や賞与に心を乱されやすくなります。
逆に、自分の使命や内発的動機に基づいて働く人は、報酬の多寡やポジションの有無に動じず、**誘惑に左右されにくい“独立した人材”**になります。
2. 「競争から降りることが、本当の強さ」
出世争いや人事評価レースに巻き込まれると、人間関係が損なわれたり、不必要な駆け引きが生まれがちです。
しかし、競争に巻き込まれないという“スタンス”を取ることで、かえって周囲からの信頼と一目置かれる存在になることも多いのです。
3. 「戦わない選択が、長期的な安全を生む」
役職にしがみつく人は、失脚のリスクや人間関係のストレスに常にさらされます。
しかし、自分の立場に過剰に執着せず、“去るもまたよし”の姿勢を持つ人ほど、結果的に組織に重宝される存在となります。
ビジネス用の心得タイトル
「望まず、競わず──静かなる者こそ惑わず」
この章句は、**“競争社会における精神的自由”**を見事に言い表しています。
「勝つ」ことよりも、「巻き込まれない」ことの価値を忘れない。
そんな人材が、最も安定し、周囲に安心を与えるリーダーとなるのです。
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