― 的を外しても、怨むべきは人ではなく、自分の備えである ―
孟子は語る。
「仁者の態度は、弓を射る者のようである」
古代中国において、「射(しゃ)」は単なる武芸ではなく、人格修養の手段とされていた。
仁者とは、この「射」の姿勢そのものを生き方とする者だと孟子は言う。
射者の心得:正己して後に発す
弓を射る者(射者)は、まず自分の身構え――
心と姿勢を正してから矢を放つ。
そしてもし、
- 矢が的に当たらなかったとしても、
- 他人(競争相手)を責めることは決してしない。
なぜなら――
「中(あ)たらなかったのは、己の備えが足りなかったからだ」と自らを省みる
つまり、「仁」とは他人と比較して優劣を争うものではなく、
常に“自分がどうであったか”を問う内省の精神に支えられている。
仁者の心得:反求諸己(はんきゅうしょき)
孟子は、仁者の態度をこう結論づける:
「反(かえ)りて、諸(これ)を己(おのれ)に求むるのみ」
これは、**「問題の原因を外にではなく、自分の中に求める」**という姿勢である。
現代の言葉でいえば、**自己責任ではなく“自己省察”**の精神。
この姿勢こそ、孟子が説く仁者の本質であり、
誠実な人間関係や善政、そして個人の成長の根本にある。
原文(ふりがな付き引用)
「仁者(じんしゃ)は、射(しゃ)の如(ごと)し。
射る者は己(おのれ)を正(ただ)しうして、後(のち)に発(はな)つ。
発して中(あ)たらざるも、己に勝(まさ)る者を怨(うら)まず。
諸(これ)を己に反(かえ)りて求(もと)むるのみ。」
注釈(簡潔版)
- 射(しゃ):礼・楽・射・御・書・数の「六芸」の一つ。人格修養の場でもあった。
- 正己而後發:心と姿勢を正してから矢を放つ。内面の整えが第一という意味。
- 不中不怨人:当たらなかったとき、他人を責めず。
- 反求諸己:すべての原因をまず自分に問い直すこと。
パーマリンク(英語スラッグ案)
seek-fault-in-yourself-first
(まず己に問え)like-an-archer-act-with-intent
(射手のように、意をもって行え)to-be-benevolent-is-to-self-reflect
(仁とは己を省みること)
この章は、孟子の教えのなかでも、非常に静かで深く、そして力強い道徳観が表現された名句です。
外に責任を押しつけず、正しく準備し、自らを律して臨み、結果がどうであれ人を怨まない――
そんな人格を目指す者に、孟子は「仁者」の名を与えています。
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