一つの物事の真の趣(おもむき)を深く理解すれば、その理解はやがて世界全体へと広がっていく。
たとえば、ただ一つの風景を通して自然の美の本質を知るならば、遠く離れた五湖の霞む月影すら、心の中に自在に呼び寄せることができる。
また、今目の前にある現象から「天の機(はたらき)=宇宙の法則」を見抜けば、過去に生きた英雄たちの行動原理さえも、まるで自らの手の内にあるように理解できる。
細部に真理を見出すことが、全体を掌握する鍵となる。
すべてを知ろうとする前に、目の前の一つに深く向き合うこと――それが、万象に通じる智恵の入口である。
引用(ふりがな付き)
個中(こちゅう)の趣(おもむき)を会(え)し得(う)れば、五湖(ごこ)の煙月(えんげつ)も、尽(ことごと)く寸裡(すんり)に入(い)る。
眼前(がんぜん)の機(き)を破(やぶ)り得(う)れば、千古(せんこ)の英雄(えいゆう)も、尽(ことごと)く掌握(しょうあく)に帰(き)す。
注釈
- 個中の趣(こちゅうのしゅ):一つの事物のなかに宿る深い意味や本質。
- 五湖の煙月(ごこのえんげつ):中国の名高い湖にかかる月や霞の風景。自然美の象徴。
- 寸裡(すんり):心の内、あるいは小さな空間。精神の深奥。
- 眼前の機(がんぜんのき):目の前にある事象の背後にある「天の機械=からくり・法則」。
- 掌握(しょうあく):手のひらに収めること。完全に理解し把握すること。
関連思想と補足
- 「一を以て万を知る」東洋思想の根幹にある視点であり、儒教・道教・禅にも通じる。
- 『荘子』の「指物論」や『論語』の「格物致知」などにも同様の発想が見られる。
- 観察と直感の両方によって「目の前の現象」から「普遍的な理(ことわり)」を見出す態度が求められている。
原文:
會得個中趣、五湖之月、盡入寸裡。
破得眼前機、千古之英雄、盡歸掌握。
書き下し文:
個中(こちゅう)の趣を会(え)し得れば、五湖(ごこ)の月も、尽(ことごと)く寸裡(すんり)に入る。
眼前(がんぜん)の機(き)を破り得れば、千古(せんこ)の英雄も、尽く掌握(しょうあく)に帰す。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「個中の趣を会し得れば、五湖の月も尽く寸裡に入る」
→ 物事の本質的な味わいを悟ることができれば、五つの湖に浮かぶ月の風情すら、すべて自分の小さな心の中に収まる。 - 「眼前の機を破り得れば、千古の英雄も尽く掌握に帰す」
→ 今この瞬間のチャンス(機微)を見抜き、それを打破できれば、過去のあらゆる英雄たちの境地に達し、その力をも手中にできる。
用語解説:
- 個中の趣(こちゅうのしゅ):あらゆる事物の中に宿る“本質的な味わい”や“真の意味”。「個中」とは“内面”や“核心”。
- 五湖の月(ごこのつき):五湖(太湖・鄱陽湖などの大湖)に浮かぶ美しい月。風光明媚な自然美の象徴。
- 寸裡(すんり):わずかな空間。転じて、心の中・胸中のこと。
- 眼前の機(がんぜんのき):今まさに目の前にあるチャンス・機会・転機。時宜を得た“勝負どころ”。
- 破る:見破る、乗り越える。表層の迷い・障壁を打ち砕くこと。
- 掌握(しょうあく):完全に理解し、手中に収めること。コントロールできる状態。
全体の現代語訳(まとめ):
もしも物事の本当の趣(おもむき)をつかむことができれば、五つの湖に映る美しい月の光も、自分の小さな心の中にすべて収められる。
また、目の前の機会をしっかりと見抜き、乗り越えることができれば、過去の偉大な英雄たちのような境地に達し、その力すら手中にすることができる。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「外界の広大な美も、歴史的な偉業も、すべて“内なる悟りと洞察”により手に入れられる」**という、精神的主体性を強調するものです。
1. 「自然の美」を外に求めず、内に味わう
- 美しい風景や体験は、外に存在するのではなく、それを味わえる“感性”の中にある。
- 「心の深さ」があれば、限られた環境でも宇宙的な広がりを感じられる。
2. チャンスは“今この瞬間”に宿る
- 英雄のような偉業は特別な人にしかできないのではなく、目の前の小さなチャンスを見抜き、動ける者こそが実現できる。
- 偉人に学ぶだけでなく、今を破る者が、未来の英雄となる。
3. “内的教養”が世界を広げる
- 感性、観察力、洞察、直感――これらは全て“内面の力”。
- 本質を掴む目と、機を読む頭脳があれば、外の条件に関係なく、世界を手中にできる。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. “物事の趣”を感じ取る力が、企画・提案を変える
- 単なるデータや機能ではなく、ユーザーの“感情”や“体験価値”を読み取れるかが企画の成否を分ける。
→ 感性が鋭い人ほど、少ない情報から深い洞察を得る。
2. 目の前の“今”に集中する者が勝つ
- 英雄は過去に生きていない。「今この瞬間」の判断、反応、決断において、真価が問われる。
→ 「時を逃さない目」こそ、未来を変える力。
3. マインドセットで“世界のサイズ”が変わる
- 小さなオフィスでも、貧しい環境でも、洞察と創造の力があれば、グローバルな価値を創出できる。
→ 大きな世界を持つには、まず“心の中の世界”を拡げよ。
ビジネス用心得タイトル:
「今に悟り、心に世界を収めよ──“感性と洞察”が未来を拓く鍵」
この章句は、**「自らの内面の成熟こそが、外界の豊かさを手にする鍵である」**という東洋思想の真髄を端的に表しています。
環境や条件に惑わされず、“今ここ”と“心の深さ”に集中することが、個人にも組織にも、未来をもたらす力になります。
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