U社の社長から相談を受けた。「某大企業からベテランの営業課長を引き抜いて、うちの営業部長にしたいと思うが、どうだろうか」という話だった。自分は即座に反対の意を示したが、U社長はどうしても彼を迎え入れたいと言う。販売に関する著書もあり、実際に会ってみた印象も非常に良かったとのことだった。
「どうしてもスカウトするつもりなら、いきなり営業部長に据えるのではなく、しばらくの間は社長付として様子を見てはどうだろう」と提案した。
手腕や力量は実際にやらせてみなければわからないし、大企業と中小企業では販売のやり方が全く異なる。さらに、本人の人間性や適性を見極める必要があると考えたからだ。
スカウトされた営業課長は社長付として迎えられると、最初に「販売組織」の改善案を社長に提案した。しかし、その内容は大企業のやり方をそのまま持ち込んだもので、中小企業の実情にはまったく適合しないものだった。
次の提案は「営業日報」の改善案だったが、それは私が言うところの「労務管理日報」そのものだった。その二つの提案に三ヶ月ほど費やされたが、その間、ただの一社のお得意先を訪問することもなかった。
経理から百万円ほど前借りをし、それをギャンブルに注ぎ込んだ。それが原因で、あっという間に職を失うことになった。
T社は、大企業の敏腕営業課長と評判の人物をスカウトしたものの、全く戦力にならなかった。三年間雑用をさせて我慢していたが、最終的に見限って辞めさせることにした。
K社では、得意先の定年を迎える工場長を「営業部長」として迎えたいと言い出した。私は反対したが、K社長は譲らなかった。得意先からの受注増加が見込めるという理由だった。
私は、「いきなり入社させるのではなく、まず嘱託として働いてもらい、実績を見てから正式採用を決めればいい」と提案した。結果として、一年間の受注実績は百万円にも届かず、嘱託料と営業経費で四百万円の損失を出すことになった。一年後、嘱託契約を打ち切ることとなった。
A社では、ある技術研究所からスカウトした人物に開発部長を任せた。しかし、十年間で一つの成果も上げられず、技術者特有の管理能力の欠如が災いして、部下たちのやる気を完全に削いでしまった。
N社で某大企業からスカウトした開発部長は、社内出身の技術部長と開発方針を巡って真っ向から対立した。その結果、開発活動は完全に停滞してしまった。
N社長はやむを得ず、苦労してスカウトした開発部長を社外へ出して技術顧問に回すことで対応した。そして、退職すると騒いでいた技術部長をなんとか宥めることに成功した。
Nホテルでは、経験三十年以上のベテランを他社からスカウトして営業部長に据えた。しかし、自身の経験に基づく主張に固執し、営業成績も振るわなかった。最終的に、退職してもらう以外に打つ手はなかった。
Tキャバレーでは、経験四十年の超ベテランをスカウトして営業担当専務に任命したものの、期待された業績を上げることはできなかった。
挙げた例は、あえて失敗例だけを選んだわけではない。私が経験した事例のほとんどが失敗に終わったものであり、その一部を示したに過ぎない。
成功例が皆無というわけではないが、それは極めて稀な例外にすぎない。中小企業の社長たちは、なぜかベテランのスカウトに執着する傾向がある。「人材がほしい」という思いは理解できなくもないが、私の考えでは、そのやり方は間違っていると断言したい。
社長たちの頭には、「ベテラン=有能」という方程式が成り立っているようだが、この考えは明らかに間違っている。経験年数が長いことと有能であることは、全くの別物であり、直接的な関係はない。
経験の有無に関わらず、有能な人間は有能であり、無能な人間は無能のままだ。経験がどれだけ積み重ねられたとしても、それが無能な人間を有能に変えることは決してない。
この事実に気づかず、「ベテランは有能だ」と思い込んでいるにすぎない。そもそも、ベテランと呼ばれる年齢になっても他人に使われているということ自体、無能であることの証明と言える。
本当に有能な人間であれば、すでに独立しているか、重要な地位でその能力を発揮しているはずであり、スカウトに応じることはまずない。むしろ、スカウトに応じるという行動自体が、その人物の無能さを証明していると言える。
ベテランとは、無能者の代名詞にほかならない。そんな無能者をわざわざ選んでスカウトするという構図になってしまうのだ。仮に一定の能力を持っていたとしても、長年培われた考え方や習慣を新しい環境に適応させるのは非常に困難である。
それどころか、スカウトされたことによって自分の能力が評価されたという自負が強まり、ますます自分の考えを押し通そうとするのが常だ。社長の意向を無視し、自分勝手に振る舞うのは目に見えている。そんな状態で物事がうまくいくはずがない。特に、大企業からベテランをスカウトするなど、論外と言うほかない。
同じ日本の企業でありながら、大企業と中小企業は全く異質な存在だ。大企業では、長年にわたり歯車の一部として狭い範囲の仕事に従事してきた結果、視野が極端に狭くなっている。さらに、組織への順応を強いられてきたため、自分の仕事以外には無関心で、自らの職務においてさえ積極性に乏しく、責任逃れの言い訳ばかりが巧妙になる、という状態に陥っているのが実情だ。
さらに、仕事のスピードにおいても、大企業出身者は中小企業で育った人間の倍以上の時間を要することが多い。結果として、大企業出身者は中小企業の迅速さや柔軟性を求められる体質には全く適応できないままに出来上がってしまっている。
だからこそ、私は「大企業からの人間を雇うときには『火星人』を雇うと思え」という警告を発したくなる。ベテランのスカウトには、もう一つ重大なマイナス面がある。それは、生え抜きの社員たちのやる気を削いでしまうという点だ。
S社では、部長職のほとんどが外部からのスカウトで占められており、生え抜き社員が部長に昇進することは極めて難しい状況にある。それは、社長が課長クラスの社員の能力を認めず、外部から人材をスカウトすることに依存しているからだ。
スカウトされた部長が優秀であればまだ諦めもつくが、実際には無能者ばかりが採用されているため、生え抜きの社員たちは報われない。それだけではなく、無能な部長が辞めさせられたり、自ら辞めたりすると、その後任にもまたスカウトした部長が据えられる始末だ。もはや「何をかいわんや」という状況である。
その結果、S社の課長たちは誰も真剣に仕事に取り組もうとしなくなった。それがまた、社長の目には「部長に抜擢する価値がない」と映り、外部からスカウトするという悪循環が繰り返されていた。この状況は長年にわたり続いていたのである。
社長が有能な人材を求める気持ちは理解できる。しかし、それを安易に社外に求める姿勢は完全に間違っている。それは、期待した有能者が実際には得られないという問題だけでなく、そもそも社長自身の考え方に根本的な誤りがあることを強調したい。
誤りの第一は、「人材がほしい、有能者がほしい」とする姿勢そのものにある。社長が人材を外部に求めるという考え自体が間違っている。この点については、社長学シリーズ第九巻「新・社長の姿勢」篇の「人材待望論の誤り」で詳述した通りだ。
人材というものは、外部に求めて得られるものではない。正しい態度と努力によって、自然に社内から育ち、生み出されるものである――これが結論であったことを思い出してほしい。
第二の誤りは、生え抜きの社員を正当に評価しないことにある。長年自らが指導し、仕事を任せてきた社員たちを、なぜもっと信頼し、評価しないのか。人の短所ばかりに目を向け、長所を見ようとしない姿勢では、有能な社員がいたとしても、その才能を見つけ出し活躍させることなど到底できないのだ。
社内の人材を認めようともせず、他社でどのような社長の下で、どのような仕事をしていたのか、さらにはどんな人物なのかもわからない者を、ただ「ベテラン」という肩書きだけで有能と決めつけ、一片の面接だけで採用し、社長の補佐役や上級管理職に据えるとは、一体どんな了見なのだろうか。
こんなことを続けていては、社員からの信頼を得ることなど永遠にできない。この考え方を根本的に改めない限り、会社に「救い」は訪れない。人材や有能者を安易に社外に求めるのではなく、生え抜きの社員を育て上げることこそが、真に正しい道なのである。
とはいえ、スカウトを絶対にしてはいけないと言っているわけではない。私が主張したいのは、社内の人材を育てず、認めることもしないまま、社外の人材にばかり期待を寄せる姿勢が根本的に間違っているという点である。
外部に人材を求めること自体は否定しないが、それはあくまで最小限にとどめるべきだ。また、採用にあたっては慎重を期し、さらに慎重を重ねる姿勢が必要である。そして、もし採用した人材が見込み違いだった場合には、「降格」させることをあらかじめ社員に明確に約束するくらいの配慮が求められる。
本当に有能な人材であれば、生え抜きの社員であっても納得せざるを得ないはずだ。だからこそ、その力量が確実に分かるまで、正規の職制に組み込まず、「社長付」にしたり、一定期間は部下を持たせずに業務を行わせるといった方法を取るのも一つの手段である。
このように慎重に見極めたうえで、その人物が力量を発揮したと判断できた時に、正式に職制に組み入れれば十分である。ただし、中途採用であっても下級管理職程度のポジションに就けることについては、大きな問題はないだろう。
結局のところ、あとは実力の問題だ。社長は社員に期待しすぎるのをやめ、まず自らの姿勢を正し、懸命に努力することが何より重要である。そのような姿勢で会社を率いれば、そもそもスカウトの必要性自体が大幅に減るということなのだ。
社員をスカウトする際の問題点と、社内の人材を育成する重要性について述べられています。以下、要点をまとめます。
スカウトに関する問題点
- ベテラン=有能という誤解
- 社長はベテランを有能と見なす傾向がありますが、実際には経験年数と有能さは比例しません。本当に有能な人材なら、自分で独立するか、すでに他社で重要な役職に就いているため、スカウトに応じないケースが多いのです。
- 外部からスカウトした人材が、会社の方針にそぐわなかったり、独自のスタイルを押し通したりすることがあり、結果的にスカウトが失敗に終わる例が多く見られます。
- スカウトが社内のモチベーションを損なう
- 外部からのスカウトで役職を埋めると、生え抜き社員のやる気が削がれることが多くあります。社員が「いくら頑張っても評価されない」と感じると、業務への熱意が下がり、社内の士気が低下します。
- 中小企業と大企業の文化や業務スタイルの違い
- 大企業出身の人材は、大企業特有の文化や方法論が染み付いているため、中小企業のスピード感や柔軟性に適応できないことが多いです。大企業からスカウトした人材が、既存の社員と対立したり、周囲と馴染めなかったりするリスクがあります。
社内人材の育成を重視する理由
- 生え抜き社員を評価し育てることが重要
- 長年にわたり指導してきた社員を信頼し、成長をサポートすることが、会社にとって最も自然で効率的な人材戦略です。社長が社員の長所を評価し、育成に力を入れることで、内部の士気が高まり、社内の一体感が生まれます。
- 経営理念と方針の浸透
- 生え抜き社員には、会社の価値観や目標が浸透しやすく、同じ方向を向きやすいという利点があります。社内で育てた社員は、会社の文化や方針に対する理解が深く、一貫した経営の推進に貢献します。
スカウトする場合の心得
- スカウトは最小限に、慎重に行う
- どうしてもスカウトが必要な場合は、慎重に判断し、まず「社長付」や「臨時雇用」などの形で試用期間を設け、社内の文化や業務に合うかを見極めます。また、力量が確認できるまでは、正式な職制に組み込まず、段階的に役割を与えることが望ましいです。
- 最終的には実力が鍵
- 中途採用の人材を上級職に据えるのではなく、まず下級管理職でスタートさせ、社内で信頼を得た後に昇進させることが理想です。実力が証明されれば、生え抜き社員も納得し、スムーズに受け入れることができます。
まとめ
社内の人材を育成し、評価する姿勢が大切であり、スカウトに頼るのは最小限にとどめるべきです。社長がまず自身の姿勢を正し、率先して努力することで、社内の信頼と士気を高め、外部からの人材導入の必要性を大幅に減らすことができるでしょう。
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