S社はスリッパを製造する企業だ。この商品は季節ごとの切り替えタイミングが非常に重要で、一歩間違えると売上が落ち込むだけでなく、在庫が余るという二重のリスクを抱えることになる。
S社では季節ごとの切り替えがうまくいかないことが常態化しており、これが社長の頭痛の種だった。大量の売れ残りが毎回発生し、結局は二束三文で処分するしか手立てがない状況に陥っていた。
原因は、季節商品の売上パターンが明確に把握されていないことにあった。調査を進めると、その売上推移は正規分布に近い形を示していた。つまり、販売開始当初は少量の売上が続き、徐々に増加してピークを迎え、その後は次第に減少していくという流れが見られた。
この初期と終盤の緩やかな増減を正確に把握できていなかったため、発売開始が遅れ、販売終了のタイミングも後手に回っていたようだ。さまざまな情報を基に推測すると、これらの遅れはおよそ10日程度だったと考えられる。
そこで、従来の切り替え時期を半月ほど前倒しする方針を採用した。開始時の遅れや終了時の後れを考慮すると、この程度の調整が最適と判断された。
そこで、一部の商品を対象に試験的に新しい切り替えスケジュールを導入したところ、良好な結果が得られた。これを受け、以降すべての商品にこの切り替え方式を適用することを決定した。年に数回ある季節商品の切り替えを統一的に管理するため、年間の切り替え時期をまとめたスケジュール表を作成し、これを基準に運用することにした。このスケジュール表は「季節暦」と名付けられた。
この「季節暦」は、一度作成すれば数年にわたって活用できるだけでなく、顧客の購買行動の変化を把握する手がかりにもなる。具体的には、暦に従って切り替えを行っているにもかかわらず、売れ残りが増加し始めた場合、それは顧客が季節商品の切り替えを以前より早めていることを示している。一方で、売れ残りが減少するようなら、逆に顧客の切り替え時期が遅れている可能性がある。この暦を基準に、顧客動向を継続的に分析できるのが大きな利点だ。
T社は家庭用金物を製造するメーカーだ。毎年、年末になると「鰹節削り器」が品切れを起こし、対応に苦慮していた。この商品は年末に年間販売量の約3分の2が集中するため、その需要に対して生産が追いつかないのが原因だった。そこで、比較的生産に余裕のある4月から8月にかけて計画的に製造を進めることにした。この計画を管理するために、T社でも専用の「暦」を作成し、効率的な生産体制を整えた。
それにもかかわらず、W社ではA地区とB地区の営業所スタッフ数を年間を通じて固定して運用していた。この体制では、どちらの地区も商談期に人手不足が生じてしまうのは避けられない。本来なら、商談期ごとに両地区のスタッフが相互に応援し合う仕組みを導入すれば、この問題は解消できるはずだ。
その際、応援に出ないスタッフは、留守番や配送、連絡、書類作成といった付帯業務を担当する形で業務のバランスを取ることができる。これもまた一種の「季節暦」の考え方だ。特に農業資材や農薬のような典型的な季節商品では、このようなタイミング管理が不可欠である。「六日の菖蒲、十日の菊」では商機を逃してしまう。適切な季節暦を活用し、効率的な運営を図ることが求められる。
毎年定期的に実施される見本市、展示会、特売、需要期前の集中的なキャンペーン、カタログの切り替えなどは、厳密には「季節暦」ではないものの、特定の時期に必ず行う必要があるという点で季節的な要素を持っている。これらの活動を年間を通じてスケジュール化し、一覧表にまとめて経営計画書に組み込むことで、効率的な運営と確実な実行が可能となるだろう。
このようにスケジュール化することで、重要な販売活動を適切なタイミングで確実に実施することが可能になる。しかし、実際には、これらの重要な活動を経営計画書に明記している企業は非常に少ないのが現状だ。これが抜け落ちていると、計画の曖昧さやタイミングのズレが生じ、効率的な運営が妨げられる原因となる。
一方で、販売活動には触れず、社内行事ばかりが記載された経営計画書を目にすることも少なくない。このような内容の計画書を作る会社では、経営者の関心が事業運営に不可欠な外部への販売活動よりも、社内の管理や運営に偏っていることが伺える。これでは、売上や市場での競争力を強化するための本質的な施策が後回しになりかねない。
事業経営の重要な柱である「市場活動」を後回しにし、社員の管理業務ばかりに関心を寄せるのは、まさに主客転倒といえる。このような姿勢では、効果的な市場活動を展開することは難しく、結果として業績の向上を期待することもできない。経営の本質は市場での活動にあり、そこへの注力が欠ければ、会社全体の成長は望めないだろう。
「販売季節暦」は、商品やサービスの販売において、季節や需要の変化に応じた適切なタイミングでの切り替えを確保するための計画表です。特に、季節に左右されやすい商品の販売では、この暦に基づいてタイミングを正確に捉えないと、売上の減少や在庫の余剰といった問題が発生します。以下に「販売季節暦」の利点や実際の活用方法をまとめます。
販売季節暦の利点
- 販売タイミングの最適化
正確な切り替え時期を予測することで、売れ残りや在庫不足を防ぎます。季節品の需要ピーク前に販売を開始し、ピークを過ぎると計画的に撤収することで、効率的な販売を実現します。 - 顧客の購買傾向の把握
季節ごとの売れ行きを記録することで、顧客の購買行動の変化を捉え、次の計画に反映させられます。たとえば、毎年同じ暦で販売していても売れ残りが増える場合は、需要の変化を反映して切り替え時期を調整します。 - 在庫管理と生産計画の改善
需要の増加時期を予測し、事前に製造を増加させたり、配送計画を立てることができます。繁忙期に備えた在庫の確保も可能になります。
販売季節暦の活用事例
- 商品の需要パターン把握
S社のスリッパ販売では、過去の販売データを分析して販売開始と終了を早めることで、売れ残りを削減しました。このように、販売期間の始まりと終わりを前倒しで設定することで、ピーク需要に最適なタイミングで商品を投入し、不要な在庫を減らします。 - 需要期に合わせた事前生産
T社では「鰹節削り器」の需要が年末に集中するため、閑散期に在庫を増産する計画を立て、需要期の品切れを防ぎました。季節暦に基づき生産量を調整することで、効率よく生産し供給が追いつかなくなるリスクを回避しました。 - 販売人員の効率的配置
W社では地区ごとに異なる商談期に対応するため、季節暦に基づいて営業人員をシフト配置しました。商談期に応援人員を送ることで、効率的な人材配置を実現しました。
まとめ
販売季節暦は、単なるスケジュールではなく、季節や需要サイクルに合わせた販売戦略です。販売活動を年間スケジュールに落とし込み、経営計画に組み入れることで、事業の収益性を高め、重要な販売機会を逃さないようにすることが可能です。この暦に基づく管理は、効果的な市場活動の土台となり、業績向上に不可欠な要素となります。
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