孟子が紹介する「子・男の国(五等爵の最下位)」においても、報酬の階層原理は一貫して適用されていた。
規模の小さな国家でも、君主から下士、庶人に至るまで明確な給与体系が整備されていたことは、
周制が制度としての公平性と機能性を細部にまで浸透させていた証左である。
とくに注目すべきは、最低層においても農耕に代わる生活保障が確保されていた点である。
孟子は、ここに**「礼」と「徳」に基づいた政治秩序の理想的かたち**を見ている。
原文と読み下し
小国(しょうこく)は、地(ち)、方(ほう)五十里(ごじゅうり)なり。
君(くん)は卿(けい)の禄(ろく)を十(じゅう)とし、
卿の禄は大夫(たいふ)を二(に)とし、
大夫は上士(じょうし)に倍(ばい)し、
上士は中士(ちゅうし)に倍し、
中士は下士(かし)に倍す。下士は、庶人(しょじん)にして官に在る者と禄を同(おな)じくす。
禄は、以(もっ)て其の耕(こう)に代(か)うるに足(た)るなり。
比較:周制における俸禄の三段階構造(大国〜小国)
位階 | 大国(百里) | 伯国(七十里) | 小国(五十里) |
---|---|---|---|
君 | 卿の 10倍 | 卿の 10倍 | 卿の 10倍 |
卿 | 大夫の 4倍 | 大夫の 3倍 | 大夫の 2倍 |
大夫 | 上士の 2倍 | 同左 | 同左 |
上士 | 中士の 2倍 | 同左 | 同左 |
中士 | 下士の 2倍 | 同左 | 同左 |
下士 | 庶人と同じ | 同左 | 同左 |
- 国の規模に応じて報酬格差は縮小されている。
- それでも**「君:卿=10倍」の原則は不変**。支配者としての威信を保つ。
- 最下層の者には、「百畝の田の生産力」に見合う生活保障が与えられている。
注釈と用語
- 小国(子・男の国):五等爵で最も下位の諸侯国。地は方五十里。
- 禄(ろく):俸禄。官職に対する収入であり、生活の基盤。
- 庶人在官者:庶民出身ながら官吏になった者。
- 耕に代うるに足る:田を耕したときの収穫と同等の生計手段を保障すること。
意味と孟子の意図
- この制度からわかるのは、「権限と報酬の明確な一致」と「最小限の生活保障」の両立。
- 国の小ささによって「不公平な貧しさ」が生まれるのではなく、役職と責任に応じた納得可能な秩序が保たれている。
- 孟子は、礼楽制度や仁義の理想と並んで、こうした社会制度の整然とした構造にも強く価値を認めていた。
パーマリンク(英語スラッグ)
salary-structure-of-small-states
→「小国の俸禄制度」を簡潔に示すスラッグです。
その他の案:
equal-order-in-minor-principalities
(小諸侯国における均整ある秩序)lowest-tier-nobility-pay
(最下級貴族の報酬制度)livelihood-and-rank
(生活保障と階級構造)
この章で、孟子による周制の俸禄・秩序体系の回顧は一旦一区切りとなります。
大国・伯国・小国すべてに共通するのは、「身分の序列に報酬が連動しつつ、最低限の保障が制度的に備わっていた」という点です。
これは孟子が尊ぶ「義による支配」の社会的基礎ともなっており、彼の政治思想における制度的リアリズムの側面も浮かび上がります。
原文
小國、地、方五十里、君十卿祿、卿祿二大夫、大夫倍上士、上士倍中士、中士倍下士、下士與庶人在官者同祿、祿足以代其耕也。
書き下し文
小国(しょうこく)は、地(ち)、方(ほう)五十里(ごじゅうり)。
君(くん)は卿(けい)の禄(ろく)を十(じゅう)にし、卿の禄は大夫(たいふ)を二(に)にし、
大夫は上士(じょうし)に倍(ばい)し、上士は中士(ちゅうし)に倍し、
中士は下士(かし)に倍し、下士は庶人(しょじん)の官に在(あ)る者と禄を同(おな)じくす。
禄は以(もっ)て其の耕(こう)に代(か)うるに足(た)るなり。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 小国の領地は、四方五十里である。
- 君主の俸禄は、卿の十倍である。
- 卿の俸禄は、大夫の二倍である。
- 大夫は上士の倍、上士は中士の倍、中士は下士の倍とされる。
- 下士の俸禄は、役所に勤める庶民と同等である。
- この俸禄は、彼らが自ら耕作せずとも生活できる程度に十分である。
用語解説
- 小国:最も小規模な封建国家。自立はするが領土は最少単位。
- 君:その国の支配者。諸侯の最下位。
- 卿・大夫・上士・中士・下士:官僚制度の階層。高位から低位へと役割・報酬が割り当てられる。
- 庶人:一般庶民。ここでは「官に仕えている庶民層」を指す。
- 禄:給料。職務への報酬として与えられるもの。
- 耕に代うる:生活の糧としての耕作労働の代替。つまり、自給自足をしなくてもよい水準の報酬。
全体の現代語訳(まとめ)
小国の領土は四方五十里であり、最も小規模な諸侯国家である。この国でも、君主から最下層の役人まで、職位に応じた明確な俸禄制度が設けられていた。
君主は卿の十倍の報酬を受け、以下、卿→大夫→上士→中士→下士と段階的に減少する。最下層の下士と、官職に就いた庶民は同額の報酬を受けるが、それでも自ら田畑を耕すことなく生活が可能な水準が維持されていた。
解釈と現代的意義
この章句は、国家の規模が小さくても、公平で安定した職位制度と生活保障の構築が可能であるという孟子の思想を表しています。
- 社会が小さくとも、等級に基づく秩序・責任・報酬の原則は変わらない。
- 最下層に属する者ですら、自給自足に頼らず公的に生活を保障されることで、職務に専念し、社会秩序を維持する基盤ができている。
- 国の大小にかかわらず、制度設計と徳治的配慮が両立するという孟子の理想を端的に示しています。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「小規模組織でも秩序ある階層設計は可能」
→ スタートアップや小規模企業でも、職位の構造と報酬の基準を明確に設定することが重要。 - 「最小限の報酬ラインでも生活保障を実現」
→ 非正規雇用や若手社員に対しても、最低限“生活が成り立つ水準”の報酬を確保することが、組織の安定と長期雇用につながる。 - 「トップ報酬の倍率設定」
→ トップが何倍の報酬を得るべきかという議論においても、古典的に設計された倍率(10倍程度)は今日の報酬格差問題への示唆を与える。 - 「階層があるからこそ役割が明確になる」
→ フラットな組織でも役割が曖昧になれば混乱を招く。階層とは支配のためでなく、責任の明確化と職能の分担のためにある。
ビジネス用の心得タイトル
「小さくても整える──階層設計と生活保障が組織を守る」
この章句は、「制度の規模は国家の大小に依存せず、道理に基づいた設計はどんな組織にも適用できる」という孟子の社会設計思想をよく表しています。
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