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心静かにして、聖なる岸へ至る


目次

📜 原文(第56節)

想を払いのけて、心の内がすっかり静かになっている人は、
すべての想い・執著をのり超えて、束縛を離れ、
未だ渡らぬ聖河合流霊域におもむく。


🔍 用語解説

用語・表現解説
想(そう)心に浮かぶさまざまなイメージ・念・概念。欲望や記憶・判断を含む。
心の静寂妄念・感情の波が消えた状態。サマーディ(定)に近い状態。
執著(しゅうじゃく)対象にとらわれ、執(と)らわれる心の傾向。
束縛煩悩や誤った見解によって自由を失っている状態。
未だ渡らぬ聖河合流霊域生死を超えたニルヴァーナの象徴。到達困難な悟りの彼岸を意味する比喩的表現。「未踏の霊域」とも。

🧠 解釈と現代的意義

この節では、外界や感情に心を振り回されず、内なる静けさを保てる者こそが、
煩悩と束縛を断ち切り、「彼岸(ひがん)」に到達すると説かれます。

ここで言う「彼岸」とは、死後の世界ではなく、**“今この瞬間にある解放の境地”**です。

それは、「想」を払い、「執著」を超えたとき、心そのものが清らかな聖域となることを意味します。


💼 ビジネスへの応用と視点

観点応用と実践例
リーダーの内面力感情的な反応(怒り・恐れ・焦り)にとらわれず、沈黙の中で判断する力が成熟を生む。
マインドフルネスの価値雑念を払い、思考に溺れず、今この瞬間に集中する訓練が、創造と集中を高める。
組織運営混乱の時期に「心静かにいる人」が組織の支柱となる。判断の軸は「反応」ではなく「静観」から生まれる。
戦略思考感情で動かず、論理で追い詰めず、「無思考」に近いところで道が開ける。哲学と実務の交点にある視座。

✅ 心得まとめ

「騒がしき世界に、静かなる者あり」

思考を超えて、
感情を超えて、
反応を超えて――

真に自由な人は、
他人の評価も、自分の欲望も、
内なる声のざわめきすら、
手放している。

その静けさは、
まるで未踏の聖地のよう。

そこに足を踏み入れたとき、
人ははじめて、「本当の自分」と出会うのである。


🧘‍♂️ 補足:実践のための問い

  • 「今、自分の中にどんな“想”があるか?」
  • 「その想いは、本当に必要か?」
  • 「一切の“べき論”を離れても、自分はそこにいられるか?」

📖 引用出典

『感興のことば(ウダーナヴァルガ)』第五六章
原典における終盤の句であり、**“静寂こそが究極の智慧である”**という真理の表明。


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