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権力は民の幸せを思ってこそ徳となる

—たとえ一人の娘の縁談であっても

皇帝であっても、民の幸福を顧みずに自らの欲を優先すれば、たちまち徳は損なわれる。
太宗が美しい娘を後宮に召そうとしたとき、魏徴はその娘がすでに婚約していると聞き、ためらうことなく進言した。「人民の喜びを奪うことが、民の父母たる君主のすることですか」と。

太宗はこれを聞いて深く反省し、詔勅を取り消して娘を婚約者の元へ返した。たとえ事実が曖昧であっても、民の心に寄り添おうとする姿勢こそが、真に人を治める者の道である。


原文(ふりがな付き引用)

「陛下(へいか)は人(ひと)の父母(ふぼ)と為(な)り、百姓(ひゃくせい)を撫愛(ぶあい)す。
其(そ)の憂(うれ)いを憂(うれ)い、其(そ)の楽(たの)しみを楽(たの)しむべし。

今(いま)鄭氏(ていし)の女(むすめ)、久(ひさ)しく人(ひと)に許(ゆる)す。
陛下(へいか)これを取(と)るに疑(うたが)わず、問(と)いを致(いた)さずして四海(しかい)に播(は)す。
これ、民(たみ)の父母(ふぼ)と為(な)すの道(みち)なるか。

君(きみ)の挙(あ)げる所(ところ)は必(かなら)ず書(しょ)せらる。
願(ねが)わくは特(とく)に神慮(しんりょ)を留(とど)めたまえ」


注釈

  • 父母(ふぼ):統治者の理想的姿。「親のように民を慈しむ」ことの象徴。
  • 充華(じゅうか):後宮における妃嬪の位の一つ。詔により任命される。
  • 四海に播す:全国に知れわたる。君主の行いが世に影響を与えることの重大性を示す。
  • 君挙必書(きみのあぐるところはかならずしょす):為政者の言動はすべて記録され、後世に残るという警句。

教訓の核心

  • 徳治とは、小さな事柄にこそ本質があらわれる。
  • 権力を用いて私欲を満たすことの危うさ。
  • 民の声なき不安に気づき、未然にその心を救うのが真の為政者。

以下に『貞観政要』より、貞観二年、鄭仁基の娘に関する婚姻と魏徴の諫言の章句を、定型の構成で丁寧に整理いたします。


目次

『貞観政要』より(貞観二年 鄭仁基女の婚姻問題と魏徴の諫言)


1. 原文:

貞觀二年、隋の旧臣・鄭仁基の娘(十六、七歳)、容貌美麗、当時に並ぶ者なし。
文徳皇后がこれを訪ね求めて嬪御とし、太宗が「充華」として冊立しようとした。
すでに詔書は出されたが、冊立の使者はまだ出ていなかった。

魏徴、彼女がすでに陸氏に許嫁されていたことを聞き、慌てて進言した:
「陛下は万民の父母である以上、民の憂いを憂い、民の喜びを喜ぶべきです。
民に家があって安らぐならば、自らも台殿に住み、民が飢えなければ美食をとってよい。
民に配偶者がいてこそ、陛下も妃をめとるに値します。

今、この鄭氏の娘はすでに人に許された者です。
陛下がそれを無視して召し入れれば、世間に“大唐は民の婚約を奪う”と広まりましょう。
これでは民の父母とは言えません。
たとえ私の聞いた話が誤りであっても、陛下の徳にかかわる以上、黙ってはおれません。
どうか慎重にご考慮ください。」

太宗はこれを聞き、大いに驚いて自らを責め、冊使を停止し、娘を旧約の陸氏に戻すよう命じた。


2. 書き下し文:

貞観二年、隋の旧臣・鄭仁基の娘は、十六、七歳にして美貌抜群であり、当時に並ぶ者はなかった。
文徳皇后がその存在を知り、後宮に召して嬪御とし、太宗も彼女を「充華」(高位の妃)にしようとし、すでに詔書も発布された。

しかし、魏徴がこの娘がすでに陸氏に婚約していると知るや、ただちに進言した:

「陛下は天下万民の父母として、民の喜びを喜び、民の憂いを共にされるべきです。
古の聖君は、民に家があれば自ら宮殿に住し、民が飢えなければ自ら膏粱を食し、
民が婚姻の幸を得ていれば、自らも妃を迎えたのです。

今、この娘がすでに許嫁されていることを無視し、詔を発するのは、世の人々の心を寒からしめます。
これは“父母たるべき君主”のすべきことではありません。
たとえ私の聞いたことが誤りであっても、徳を損なうことになれば、黙っていられません。
君主の一挙一動は記録に残ります。どうか特にご配慮ください。」

太宗はこれを聞いて大いに驚き、深く反省し、冊使を停止して鄭氏の娘を元の許嫁・陸氏に戻すよう命じた。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):

  • 「太宗は鄭仁基の娘を后妃にしようとしたが、魏徴は彼女がすでに許嫁であると聞き、ただちに諫言した」
  • 「民の父母たる者は、民の幸福を守る存在であるべきだ」と魏徴は述べた
  • 「もし許嫁のある娘を奪えば、民の信頼を失う」と厳しく戒めた
  • 「太宗はこの忠言に驚き、命令を撤回して彼女を元の婚約者に戻した」

4. 用語解説:

  • 充華(じゅうか):後宮の位階の一つ。妃嬪の中でも中位に属する。
  • 詔書(しょうしょ):皇帝の命令を記した公文書。
  • 冊使(さくし):詔命を実行するために派遣される使者。
  • 魏徴(ぎちょう):唐の名諫臣。直言で太宗に重用される。
  • 父母の君:君主は民の親であるという儒教的理想。
  • 婚約者との関係を奪う行為:儒教倫理に反する、君主の徳を損なう行為とされた。

5. 全体の現代語訳(まとめ):

貞観二年、太宗は美しい鄭仁基の娘を后妃としようとしたが、
魏徴は彼女がすでに陸氏に許嫁されていたことを知り、「民の父母たる者が民の婚姻を奪ってはならぬ」と強く諫言した。

太宗はこれを聞いて驚き、深く反省し、冊立を中止して彼女を元の許嫁に戻した。


6. 解釈と現代的意義:

この章句は、**「君主の私情より、民の信義を重んずるべき」**という政治倫理の要諦を示しています。

魏徴は「真実かどうか」にかかわらず、「君徳を損なうおそれがある」ことを重く見て直言します。
また、太宗はただちに行動を改め、皇帝でありながら自己を省みた姿勢は、まさに明君の証といえます。


7. ビジネスにおける解釈と適用:

✅「法よりも“組織の信義”を重んじよ」

形式的には問題がなくとも、「誰かの信頼を損ねる行為」であれば再考すべき。

✅「報告や情報に確証がなくても、“徳を損ねるおそれ”があれば共有せよ」

完璧な証拠を求める前に、誠意をもって進言する文化が必要。

✅「上司の判断でも、誤りと見ればすぐに正す覚悟を」

太宗のように、誤りを自覚したら速やかに方針を転換する勇気がリーダーに求められる。


8. ビジネス用心得タイトル:

「民の幸福こそ、最大の倫理──信を奪えば、すべてを失う」


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