—忠言と聴聞が政を支え、国を守る
太宗は、「君主と臣下は、治まっているときも乱れているときも、安穏なときも危機のときも、一体であるべきだ」と語った。
賢者と思い込み、諫言を拒む君主には、臣下も進言しなくなる。こうして主君は国を滅ぼし、臣下も家を保てなくなる。
隋の煬帝は、臣下が暴政を諫めず、過ちに気づけぬまま国を滅ぼした。重臣・虞世基らも命を落とした。「この教訓は古い話ではない。君と臣が共に慎まねばならぬ」と太宗は自らに言い聞かせ、側近たちに語った。
原文(ふりがな付き引用)
「君臣(くんしん)本(もと)より治乱(ちらん)を同(おな)じくし、安危(あんき)を共(とも)にす。
若(も)し主(しゅ)忠諫(ちゅうかん)を受(う)け、臣(しん)直言(ちょくげん)すれば、斯(ここ)に君臣(くんしん)合(がっ)して謀(はか)る、古来(こらい)よりこれを重(おも)んず。
若(も)し君(きみ)自(みずか)ら賢(けん)となし、臣(しん)匡正(きょうせい)せざれば、危(あや)うくならざらんと欲(ほっ)すとも、得(え)ざるなり。
…
隋煬帝(ずいようだい)、暴(ぼう)を行(おこな)い、臣下(しんか)口(くち)を鉗(と)ざして、遂(つい)に其(そ)の過(あやま)ちを聞(き)かずして滅(ほろ)び、虞世基(ぐせいき)等(ら)も亦(また)誅死(ちゅうし)す」
注釈
- 治乱(ちらん)・安危(あんき):国が安定しているときと混乱しているとき、平穏と危機。
- 忠諫(ちゅうかん)・直言(ちょくげん):心からの忠告と正直な進言。
- 匡正(きょうせい):過ちを正すこと。君主の行動を修正する役割。
- 鉗口(かんこう):口を閉ざす。言いたくても言えない状態。
- 虞世基(ぐせいき):隋末の重臣。煬帝に重用されるも、政変で殺された。
教訓の核心
- 君主の慢心は、忠臣の沈黙を招き、やがて国を滅ぼす。
- 為政の基礎は、主が耳を傾け、臣がまっすぐに語る関係にある。
- 臣下は、国を救うために諫言すべきであり、君主はそれを拒まず受け容れるべきである。
- 過ちの例はすぐそばにある。歴史は未来の警告である。
対象章句(貞観三年)
貞觀三年、太宗謂侍臣曰:「君臣本同治亂、共安危。若主違忠諫、臣避直言、斯故君臣離心、古來所重。若君自賢、臣不匡正、欲不危亡、不可得也。君失其國、臣亦不能獨全其家。至如隋煬帝暴虐、臣下鉗口、卒令不聞其過、以至滅亡。宇文化及、虞世基等終亦誅死。斯事不遠、朕與卿等可得不愼。無爲後人所嗤。」
1. 書き下し文
貞観三年、太宗、侍臣に謂いて曰く、
「君と臣とは、本(もと)より治乱を同じくし、安危を共にするものなり。
もし君が忠諫に違(たが)い、臣が直言を避けるならば、これすなわち君臣の心離るることにして、古来、最も重んずべきことなり。
君が自らを賢しとし、臣がこれを匡(ただ)さざるとき、危亡を免れんと欲するも、得べからず。
君がその国を失えば、臣もまた独りその家を全うすること能わず。
隋の煬帝のごとく暴虐なれば、臣下口を鉗(と)ざして、その過ちを聞かしむることなく、ついに滅亡に至れり。
宇文化及(うぶんかきゅう)、虞世基(ぐせいき)らも、終(つい)に誅されて死せり。
この事遠からず、朕と卿ら、慎まざるべけんや。
後の人の嗤(わら)いと為すことなかれ。」
2. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「君と臣とは、本来、治と乱を共にし、安定と危機を分かち合うものである」
→ 君主と家臣は本来、国家の安泰も混乱も、共に責任を負う立場にある。 - 「もし君が忠言を無視し、臣が率直な意見を避けるようでは、両者の心は離れ、国家は危うくなる」
→ 君主が忠告を退け、家臣が本音を言わなくなれば、君臣の信頼関係が崩れ、国が乱れる。 - 「君が独り善がりで、臣がそれを正さないなら、国の滅亡を免れることはできない」
→ 君主が自分に酔い、臣がそれを止めなければ、必ず国は滅ぶ。 - 「君が国を失えば、臣も家を守ることはできない」
→ 君主が国を滅ぼせば、家臣も巻き添えをくらい、自分の家族を守ることすらできない。 - 「隋の煬帝の暴虐は、臣下が口をつぐみ、過ちを正さなかったから滅亡した」
→ 隋の煬帝が国を滅ぼしたのは、臣下が怖れて黙っていたからである。 - 「宇文化及・虞世基も、最終的には罪に問われて命を落とした」
→ 彼ら側近ですら助からず、最期は処刑されたのだ。 - 「これは遠い過去の話ではない。だからこそ私も諸君も、常に慎重であるべきだ」
→ 歴史は目の前の教訓であり、私たちも他人事ではない。 - 「後世の人々に笑われるようなことをしてはならぬ」
→ 歴史に悪名を残すことがないようにせよ。
3. 用語解説
- 忠諫:忠義の心から君主を諫めること。
- 直言:思っていることを正直に言うこと。
- 鉗口(かんこう):口を閉ざすこと。ものを言わないようにすること。
- 宇文化及・虞世基:隋の末期に活躍した政治家・軍人で、煬帝の側近。彼らも煬帝とともに亡びた。
- 誅死:罪に問われて処刑されること。
- 嗤(わら)い:あざけり、嘲笑。
4. 全体の現代語訳(まとめ)
太宗は家臣たちに言った。
「君主と家臣とは本来、国家の治乱や安危をともに背負うものである。
もし君主が忠告を聞かず、家臣が本音を語らなくなれば、両者の絆は切れ、国家は危うくなる。
君主が自らを賢者だと思い込み、それを家臣が正さなければ、滅亡を免れることはできない。
君が国を失えば、家臣も家族を守ることはできないのだ。
隋の煬帝はその典型であり、家臣たちが沈黙していたせいで暴走を止められず、ついに国が滅びた。
そして側近たちも皆、命を落とした。
この教訓は決して遠い話ではない。私たちも同じ轍を踏まぬよう、日々慎みをもって歩まねばならぬ。
後世に笑われるような政治をしてはならない。」
5. 解釈と現代的意義
この言葉は「リーダーとそのチームの相互責任」についての本質を突いています。
独裁的なリーダーが暴走するのは、周囲が沈黙してしまうからです。そして、暴君が倒れたとき、その周囲も無事では済まないのです。
また、教訓は一人の過ちではなく、全体の責任とされる。「黙って見ていた者」も同罪であるという、組織倫理の厳しさを示しています。
6. ビジネスにおける解釈と適用
- 上司と部下の信頼関係は「進言と傾聴」で成り立つ
沈黙は必ずしも忠義ではない。意見を言える環境がない組織は、いずれ崩壊する。 - リーダーは「自賢(自らを賢しとすること)」を戒めるべき
自分の判断が絶対だと思い込むリーダーは、盲点を増やし、破滅を招く。 - 組織崩壊の責任はトップだけにあるのではない
周囲が正さず、見て見ぬふりをしたなら、それもまた罪である。 - 歴史から学ばなければ、笑われるのは我々自身
過去の失敗から学び、同じ過ちを繰り返さないことが重要。
7. ビジネス用の心得タイトル
「忠言に門を開け、沈黙に壁を築くな」
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