世の中で自分を立て、他の人から一目置かれる存在になろうとするなら、
人より一歩高いところに抜け出し、
一段上の視点と努力で自分を鍛え、磨かなければならない。
そうでなければ、塵まみれの場所で衣を払い、
泥の中で足を洗うようなもので、
どれだけ気をつけていても、結局は世間の汚れに染まってしまう。
つまり、自ら高みを目指さなければ、
世間の凡俗の中に埋もれてしまうのだ。
また、人と調和し、世の中で安らかに生きていくには、
常に「一歩退く」心のゆとりが必要である。
そうしなければ、蛾が灯火に飛び込んで焼かれるように、
雄羊が垣根に角を引っかけて動けなくなるように、
自分の進退が極まり、立ち行かなくなってしまう。
出すべきところでは前に出、控えるべきときには退く。
その一歩の知恵こそが、上手な生き方である。
「身(み)を立(た)つるに一歩(いっぽ)を高(たか)くして立たざれば、
塵裡(じんり)に衣(ころも)を振(ふる)い、泥中(でいちゅう)に足(あし)を濯(すす)ぐが如(ごと)し。如何(いかん)ぞ超達(ちょうたつ)せん。
世(よ)に処(しょ)するに一歩を退(しりぞ)いて処らざれば、
飛蛾(ひが)の燭(しょく)に投(な)じ、羝羊(ていよう)の藩(はん)に触(ふ)るるが如し。如何ぞ安楽(あんらく)ならん。」
注釈:
- 塵裡に衣を振う・泥中に足を濯ぐ…世俗の中でいくら身を清めようとしても、結局は汚れてしまうというたとえ。
- 飛蛾の燭に投ず…自ら進んで危険に飛び込む様子。飛んで火に入る夏の虫。
- 羝羊の藩に触る…雄羊が垣根に角を引っかけて進退窮まること。『易経』の教えに基づく。
- 一歩高く/一歩退く…常に自らを省みて、一歩先を志し、一歩引く謙虚さを持つこと。
1. 原文
立身不高一步立、如塵裡振衣、泥中濯足、如何超達。
處世不退一步處、如飛蛾投燭、羝羊觸藩、如何安樂。
2. 書き下し文
身を立つるに一歩を高くして立たざれば、塵の中にて衣を振い、泥の中にて足を濯うが如し。如何ぞ超達せん。
世に処するに一歩を退いて処らざれば、飛蛾の燭に投ずるが如く、羝羊の藩に触るるが如し。如何ぞ安楽ならん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「身を立つるに一歩を高くして立たざれば、塵の中にて衣を振い、泥の中にて足を濯うが如し」
→ 自分を立てる(身を立てる)際に、他より一歩高い場所に立たなければ、それはまるで埃の中で衣服をはたき、泥水の中で足を洗うようなものだ。 - 「如何ぞ超達せん」
→ そんなことではどうして高みに到達できようか。 - 「世に処するに一歩を退いて処らざれば、飛蛾の燭に投ずるが如く、羝羊の藩に触るるが如し」
→ 世の中を渡るときに、一歩退く余裕がなければ、それは火に飛び込む蛾のようであり、柵に頭をぶつけて身動きが取れない牡羊のようなものだ。 - 「如何ぞ安楽ならん」
→ それでどうして安らかに暮らすことができようか。
4. 用語解説
- 立身(りっしん):自分を世に立てること、出世・成功を目指すこと。
- 高一步立(いっぽをたかくしてたつ):視点や人格、志などを他より一段高めること。
- 塵裡振衣(じんりしんい):ほこりの中で服を払う=かえって汚すという比喩。
- 泥中濯足(でいちゅうたくそく):泥の中で足を洗う=意味のないことのたとえ。
- 處世(しょせい):世の中を渡る、人と付き合いながら生きていくこと。
- 飛蛾投燭(ひがとうしょく):蛾が自ら火に飛び込むこと。自滅の比喩。
- 羝羊觸藩(ていようしょくはん):牡羊が柵にぶつかって身動きできなくなること。行き詰まりの象徴。
- 超達(ちょうたつ):物事を超えて達すること。卓越した境地に至ること。
- 安樂(あんらく):心穏やかで安心して暮らすこと。安寧と幸福。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
自らを高めることなく低いところで自己主張すれば、それは埃の中で服を払い、泥の中で足を洗うようなものだ。そんな状態では、どうして真に高い境地に到達できるだろうか。
また、世の中を渡るときに、一歩退いて余裕を持って対応できなければ、火に飛び込む蛾や、柵にぶつかって身動きがとれない牡羊のように、自滅するだけだ。
それではとても安らかで幸せな人生とは言えない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「高き志と柔軟な身の処し方」**の両立を説く、非常にバランス感覚に優れた人生訓です。
まず、身を立てるには単なる行動や勤勉さだけでなく、志を高く持ち、精神的な高さ(品格・視点)を備えることが求められます。
そうでなければ、どれだけ努力しても「泥の中で足を洗う」ように、効果がないどころか逆効果となってしまいます。
一方で、社会に出て人と関わる際には、常に一歩引いて余裕を持つことが重要です。突き進むだけでは、必ず衝突や失敗に見舞われる。
退く勇気・間合いの知恵こそが、人生に「安楽」をもたらす鍵であると説いています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「志が低ければ、努力は無意味になりうる」
短期的な成果や目先の利益だけを見て動いても、それは“塵の中で衣を振る”ようなもの。
ビジョンや使命という高みを持たなければ、行動は空回りしやすい。
● 一歩引く余裕が“交渉・対人関係”の決め手になる
議論や取引で、最後まで自分の主張を押し通そうとするのは“飛蛾投燭”の姿勢。
一歩退くことで生まれる信頼・調和が、結果的に安定した関係や成功に結びつく。
● リーダーは“高く立ち、静かに退く”
部下やチームの上に立つ者ほど、高い視点と謙虚な態度を両立すべきです。
そうでなければ、人を導くどころか、誤った道に誘導してしまう危険があります。
8. ビジネス用の心得タイトル
「高く立ち、深く退く──志と余裕が道を拓く」
この章句は、志と柔軟さの二つを併せ持つことが、個人と組織の成長に不可欠であることを明快に示しています。
リーダーシップ研修やキャリア形成における指針としても非常に有用です。
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