――老いた目、弱った心から、若さや栄華を省みる
もし私たちが、老年の自分の視点で、若い頃の自分を見つめることができれば――
そのとき自然と、意味のない競争や闘争に明け暮れた「奔地角逐(ほんちかくちく)」の心は、
つまらないものに思えて消えていくだろう。
また、落ちぶれ、病み衰えたときの気持ちで、
かつて栄華を極め、羽振りの良かった自分を見つめることができれば――
豪華な衣食住、美を競い合うような暮らしへの執着も、
滑稽に思えて自然と手放すことができるだろう。
いまの感情だけにとらわれず、視点をずらす。
過去と未来、栄と衰、強さと弱さ――
その対極を思い浮かべることで、心は整い、欲望や争いは静かに鎮まっていく。
引用(ふりがな付き)
老(ろう)より少(わか)きを視(み)れば、以(もっ)て奔地角逐(ほんちかくちく)の心(こころ)を消(け)すべし。
瘁(すい)より栄(えい)を視れば、以て紛華靡麗(ふんかびれい)の念(ねん)を絶(た)つべし。
注釈
- 少(しょう):若い頃、血気盛んな時代。孔子もこの時期は「色(いろ)」を戒めよと説いた(『論語』季氏第十六)。
- 奔地角逐(ほんちかくちく):無意味な競争や争い。駆け回り、競い合う生き方。
- 瘁(すい):衰え、病み、落ちぶれた状態。
- 紛華靡麗(ふんかびれい):無駄に華やかで贅沢な暮らしぶり。虚飾に満ちた生活。
関連思想と補足
- 『論語』において孔子は、「君子には三つの戒めがある」とし、
若いときは情欲(色)、壮年は闘争心(闘)、老年は欲望(得)を戒めるべきと説いた。
本項はその中でも、特に“若さ”と“栄華”を相対化する視点をもって、
心を鎮め、欲を離れる智慧を語っている。 - 現代でも、「死の床で後悔することランキング」などに見られるように、
時を越えた視点から現在を省みることが、人生の質を高める重要な方法とされている。
原文
自老視少、可以息奔馳角逐之心。
自瘁視榮、可以絶華靡麗之念。
書き下し文
老(ろう)より少(しょう)を視れば、もって奔馳(ほんち)角逐(かくちく)の心を息(や)むべし。
瘁(すい)より栄(えい)を視れば、もって華(か)靡(び)麗(れい)の念を絶つべし。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「老より少を視れば、以て奔馳角逐の心を息むべし」
→ 老いの立場から若さを見つめ直せば、若き日の走り回るような競争心や野心は静まりやすい。
「瘁より栄を視れば、以て華靡麗の念を絶つべし」
→ 疲弊した状態から栄華を見れば、華やかで贅沢なものへの執着や欲望は断ち切ることができる。
用語解説
- 老(ろう):老境、人生の後半、または経験と静けさの象徴。
- 少(しょう):若年期、若さ、熱情、行動力。
- 奔馳(ほんち):走り回ること、忙しなく動くさま。ここでは激しい欲望や出世欲の象徴。
- 角逐(かくちく):競争し合うこと、争うこと。地位・名誉・金銭の獲得を巡る争い。
- 瘁(すい):疲れ果てた状態、心身の消耗。
- 栄(えい):栄華、華やかな成功や立身出世。
- 華靡麗(かびれい):華やかで贅沢なこと。外面的な美や見栄、虚飾。
全体の現代語訳(まとめ)
老境の視点から若い時代を見直してみれば、若さに伴う競争心や野心は自然と落ち着いてくる。
また、疲弊しきった心身の状態から華やかな成功や贅沢な暮らしを見ると、それらへの執着や欲望は消えていく。
解釈と現代的意義
この章句は、「視点を変えることで欲望や執着を鎮める知恵」を説いています。
- 「老」から「少」へ、
- 「疲れ」から「栄光」へ、
という**“今と過去・今と理想”を比較することで、心の欲望を自ら静める方法**を示しています。
つまり、外部の禁欲や説教に頼らず、内面の経験と視点の切り替えだけで、人は自然と落ち着くことができるのです。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「過去の自分を“老いた目”で見つめる」
若い頃の野心、焦り、競争──それを年長者の目で見直すことで、「本当に必要だったのか?」と再評価できます。
この姿勢が、持続可能な働き方や、自他のバランスの取れたマネジメントに繋がります。
2. 「疲弊から見直す“栄光”の実態」
実際に成功や地位を得た後に味わう“疲れ”から見れば、外見上の成功が内面の幸福と必ずしも一致しないことが分かります。
この内省が、過剰な出世競争や浪費的なライフスタイルを抑えるヒントになります。
3. 「視点の変化が、価値観の再構築を促す」
“走る自分”を“老いた自分”が眺めるように、現在の欲望を未来の視点で見る訓練をすれば、意思決定の質が変わります。
リーダー層にはこのような「時間軸を超えた視座」が求められます。
ビジネス用の心得タイトル
「視点をずらせば、欲は鎮まる──今を“後ろ”から見る智慧」
この章句は、欲望や焦りを外から抑え込むのではなく、自らの視点を変えることで自然に手放すという、深くて柔らかなセルフマネジメントの知恵です。
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