孔子は、相手が誰であろうと、その立場や状況にふさわしい敬意をもって接することを徹底していた。
たとえば、喪服を着ている人、礼服をまとった人、目の見えない人に出会ったとき——
たとえ相手が自分より年下であっても、孔子は必ず立ち上がり、きちんと敬意を示した。
また、その人たちの前を通るときも、小走りで通り過ぎることで、無礼のないように心を配った。
ここには、単なる形式的な礼ではなく、相手の心情や状況に思いを寄せる、深い配慮の精神がある。
敬意とは、「目上だから払う」のではない。
敬意を払うに値する何かがそこにあると気づき、丁寧に接する心こそが礼儀なのだ。
原文(ふりがな付き)
「子(し)、斉衰(さいすい)なる者、冕衣裳(べんいしょう)なる者と、瞽者(こしゃ)とを見(み)るに、之(これ)を見(み)ては、少(わか)しと雖(いえど)も必(かなら)ず作(た)つ。之(これ)を過(す)ぐるに必(かなら)ず趨(はし)る。」
注釈
- 斉衰(さいすい)…喪服の一種。身内を亡くした人が着用する。相手の悲しみに対する敬意を表す。
- 冕衣裳(べんいしょう)…礼服。官職や儀式の場で着る格式ある装束。
- 瞽者(こしゃ)…目の不自由な人。社会的弱者への配慮と敬意が込められている。
- 必ず作つ(かならずたつ)…必ず起立する。礼の基本動作。
- 必ず趨る(かならずはしる)…足早に通ることで、相手を待たせたり、無礼を働かないようにする細やかな気遣い。
原文:
子見齊衰者、冕衣裳者、與瞽者、見之、雖少、必作、過之、必趨。
書き下し文:
子(し)、斉衰(さいすい)なる者、冕衣裳(べんいしょう)なる者と、瞽者(こしゃ)とを見(み)るに、之(これ)を見ては、少(すこ)しと雖(いえど)も必(かなら)ず作(た)つ。之を過(す)ぐるに必ず趨(はし)る。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 斉衰なる者、冕衣裳なる者と、瞽者とを見るに
→ 喪服を着た人、礼服を着た人、盲人を見るときには、 - 之を見ては、少しと雖も必ず作つ
→ ほんの少しでもその姿を見かけたら、必ず立ち上がって敬意を表した。 - 之を過ぐるに必ず趨る
→ その人たちの前を通るときは、必ず歩みを早めて謙遜の意を示した。
用語解説:
- 斉衰(さいすい):喪服の一種。身内を亡くした人が着る粗末な麻布の服。死者への哀悼を示す服装。
- 冕衣裳(べんいしょう):冕冠(べんかん)と礼服。国家儀礼などで着用される最も格式の高い服装。地位ある人物や儀礼中の者を意味。
- 瞽者(こしゃ):盲人。特に古代では楽師などとして社会的な役割も担っていた。
- 作つ(たつ):立ち上がる、起立する。
- 趨る(はしる):すばやく歩く、速足で行く。ここでは「恭しく素早く通る」の意。
全体の現代語訳(まとめ):
孔子は、喪服を着た人や礼服を身にまとった人、また盲人を見かけると、
ほんのわずかな距離でも必ず立ち上がって敬意を表し、
その人たちの前を通るときは、必ず速やかに歩みを早めて通り過ぎた。
解釈と現代的意義:
この章句は、孔子の礼儀と敬意の深さを非常によく表したものです。
- 喪に服す者への哀悼
- 礼装をまとった者(国家儀式など)への尊重
- 目の不自由な者への配慮と敬意
いずれも「形式」だけでなく、その背景にある意味や立場に対する心からの敬意を示しています。
これは「相手の立場に心を寄せる」という、礼の本質を実践する姿そのものです。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「立場の異なる人」への配慮と敬意を形に表す
- 社内外で異なる役割・状態にある人──たとえば新人、退職者、障がい者、要人などに対して、無関心であってはならない。
- ちょっとした動作(起立、歩調の変化、目線)によって、礼儀や敬意を示すことができる。
2. “ほんの少しでも”敬意を忘れないマインドセット
- 孔子は「少しでも見かけたら」立ち上がった。これは 小さなサインにすぐに反応するという感受性と謙虚さを意味する。
- 「少しだけ顔を出す人」「一瞬だけ関わる顧客」にも丁寧に接する姿勢が、組織文化を形づくる。
3. 形式だけでなく「中身としての礼」を重視する
- 敬語やマナーだけでなく、「相手を本当に尊重しているか」「相手の事情に思いを馳せているか」を問うべき。
- 表情・姿勢・タイミング・動きが、“心のあり方”を体現することになる。
ビジネス用心得タイトル:
「姿勢で示す敬意──“立ち上がる礼”に心を込めよ」
この章句は、ビジネスシーンにおけるホスピタリティ精神・リーダーシップの身だしなみ・場の空気の読み方などにも活用できます。
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