孟子は、古代の賢王たちは権勢を持ちながらも、善を重んじ、その権力を忘れて賢人を尊敬したと語った。賢王がそのようであるなら、賢人もまた自らの志を楽しみ、権力や地位に左右されることなく道を歩んだ。賢人に対して敬意を示し、礼を尽くさなければ、賢人と接することすらままならない。賢人を臣下に迎えることはなおさら難しく、権力や地位だけではすぐに賢人を手に入れることはできなかった。真のリーダーは、権力に溺れず、常に敬意と礼をもって賢人に接することが求められる。
「孟子曰(もうし)く、古の賢王は、善を好んで勢いを忘る。古の賢士、何ぞ独り然らざらんや。其の道を楽しみて人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し礼を尽くさずんば、則ち亟(しばしば)之を見ることを得ず。見ることすら且(か)つ猶お亟するを得ず、而るを況んや得て之を臣とせんや」
「昔の賢王は善を好み、権勢を忘れた。賢人もまた自分の道を楽しんで権勢を忘れた。だからこそ王や公は敬意を払い、礼を尽くさなければ賢人に会うことはできなかった。賢人を臣下に迎えることなど、簡単にはできなかった」
真の権力者は、賢人に対して敬意と礼を尽くすことで、初めて深い信頼と協力を得ることができる。
※注:
「古の賢王」…権力を持ちながらも、道徳を重んじた王。
「賢士」…道を追求し、権力に依存しない賢明な人々。
「敬を致し礼を尽くす」…賢人や他者に対して、心からの敬意と礼儀を尽くすこと。
『孟子』 離婁章句(下)より
1. 原文
孟子曰、古之賢王、好善而忘勢。古之賢士、何獨不然。樂其道而忘人之勢。故王公不致敬盡禮、則不得亟見之。見且不得亟、而況得而臣之乎。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、古(いにしえ)の賢王は、善(ぜん)を好(この)んで勢(いきおい)を忘(わす)る。古の賢士(けんし)、何(なん)ぞ独(ひと)り然(しか)らざらんや。其の道(みち)を楽しみて、人の勢いを忘る。故(ゆえ)に王公(おうこう)も敬(けい)を致(いた)し、礼(れい)を尽(つ)くさずんば、則(すなわ)ち亟(しばしば)之(これ)を見ることを得(う)ず。見ることすら且(か)つ猶(なお)亟(しばしば)するを得ず。而(しか)るを況(いわ)んや得(え)て之を臣(しん)とせんや。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「古之賢王、好善而忘勢」
→ 昔の賢明な王たちは、善を好み、人の権勢に左右されることがなかった。 - 「古之賢士、何獨不然」
→ 昔の賢い士(人物)たちも、どうして例外であろうか(同じく権勢を顧みなかった)。 - 「樂其道而忘人之勢」
→ 自らの道を楽しみ、他人の権力を意に介さなかった。 - 「故王公不致敬盡禮、則不得亟見之」
→ だからこそ、王や諸侯といえども、敬意を持ち、礼を尽くさなければ、賢士にしばしば会うことすらできなかった。 - 「見且不得亟、而況得而臣之乎」
→ 会うことすらままならないのに、ましてや家臣として仕えさせるなど到底できない。
4. 用語解説
- 賢王/賢士(けんおう/けんし):高徳な王、優れた人物・知識人。
- 好善(こうぜん):「善(よいこと)」を愛すること。徳・道義を大切にする姿勢。
- 忘勢(ぼうせい):人の権力や地位を忘れる。つまり、外的な勢力に影響されない態度。
- 樂其道(みちをたのしむ):自分の信じる道(道徳・哲理)を喜んで実践すること。
- 敬致・礼盡(けいをいたし・れいをつくす):最大限の敬意と礼儀を尽くすこと。
- 亟見(しばしばみる):頻繁に会うこと。面会する機会が多いこと。
- 而況(しかるをいわんや):ましてや~などなおさらだ、の強調表現。
- 臣とす(しんとす):仕えさせる、家臣とすること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言った:
「古代の賢明な王たちは、善を好み、人の権力に惑わされることがなかった。
同様に、古代の賢い士(人物)たちも、自らの道を喜び、人の権勢など意に介さなかった。
だからこそ、王侯貴族といえども、敬意を払って礼を尽くさなければ、彼らと会うことすら難しかった。
会うことすらままならないのに、ましてや彼らを家臣として迎えることなど、到底できなかったのである。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「真の人格者は、権力や利益によって動かない」**という孟子の価値観を象徴的に示しています。
- 権力や地位に惑わされない“徳の力”
自分の信じる道(道徳・理念)を貫く人物は、他人の地位や強制に屈しないという強さを持つ。 - “人を得る”には、敬意と礼が前提
能力ある人材、徳ある人を味方につけたいなら、地位や報酬だけではなく、誠意と礼節が不可欠である。 - リーダーシップと“徳を好む姿勢”
真のリーダーは、賢人を迎えるために「敬と礼」を尽くす姿勢を持たなければならない。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「優秀な人材は、権力では動かない」
- 近年の人材獲得戦略でも、肩書きや給料だけでは“自律的で志ある人”は動かない。
- 自分の理念・価値観に共鳴できる場所を選ぶ志高い人ほど、「誠意」と「尊敬」を求める。
「礼節と敬意が、人材登用の鍵となる」
- 面接・ヘッドハンティング・交渉の場面で、「対等な人間としての敬意」があるかどうかが決定打になる。
- 形式ではなく本質的な礼=“相手を認める姿勢”が鍵。
「リーダーの器が、人を動かす」
- 賢士がその“道”に満足して他人の権勢を顧みなかったように、ビジョンに従って行動する人は、上司の器を見て判断する。
- 経営者・管理職に必要なのは、“仕えたいと思わせる人格”と“理念への共感”を醸成する力。
8. ビジネス用の心得タイトル
「人は肩書きでは動かぬ──敬意と理念こそ人材を惹きつける力」
この章句は、現代のマネジメントや人材採用にも通じる、「誠意・敬意・理念」の力を説いています。
優れた人ほど、外的な利得ではなく、人としての信頼と価値観の一致によって動く。だからこそ、真のリーダーには「礼を尽くす心」「志を共にできる器」が求められるのです。
コメント