徳を高め、道を修めようとする者には、
木や石のように微動だにしない「念頭」、すなわち固い心構えが必要である。
それがなければ、地位や権力、財産、美色といった世俗の魅力に、
一たび心を奪われてしまえば、
あっという間にその“欲の世界”へ引き込まれてしまう。
また、社会をより良くし、国のために働こうと志す者は、
行く雲、流れる水のように、何にもとらわれない無心の境地を保つべきである。
それができなければ、欲や執着に囚われた瞬間に、
自らの志を見失い、思わぬ危機に身を晒すことになる。
揺らがぬ意志と、澄んだ心――
この両輪を失った者に、真の修養や社会的使命はまっとうできない。
「徳(とく)に進(すす)み道(みち)を修(おさ)むるには、個(こ)の木石(ぼくせき)の念頭(ねんとう)を要(よう)す。
若(も)し一(ひと)たび欣羨(きんせん)有(あ)れば、便(すなわ)ち欲境(よくきょう)に趨(はし)らん。
世(よ)を済(すく)い邦(くに)を経(おさ)むるには、段(ひと)段(だん)の雲水(うんすい)の趣味(しゅみ)を要す。
若し一たび貪着(どんじゃく)有れば、便ち危機(きき)に堕(お)ちん。」
注釈:
- 木石の念頭(ぼくせきのねんとう)…動じない、揺るがない心。どんな誘惑にも流されない精神。
- 欣羨(きんせん)…他人の地位や財産をうらやみ、ほしがる気持ち。
- 欲境(よくきょう)…欲望が満ちている世界。人の心を惑わせる領域。
- 雲水の趣味(うんすいのしゅみ)…執着のない自由な心。禅僧のような漂泊無住の境地。
- 貪着(どんじゃく)…強く執着し、手放せなくなる心。
- 危機に堕つ…身を滅ぼす状況に至ること。内面の堕落からくる崩壊。
1. 原文
德修進、要個木石念頭。若一有欣羨、便趨欲境。
濟世經邦、要段雲水趣味。若一有貪着、便墮機阱。
2. 書き下し文
徳を修め進むには、木石の如き念頭を要す。
もし一たび欣羨あらば、すなわち欲境に趨かん。
世を済い邦を経するには、雲水の如き趣味の一段を要す。
もし一たび貪着あらば、すなわち機阱に堕ちん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「徳を修め進むには、木石の如き念頭を要す」
→ 人徳を磨くには、木や石のように動じない、無欲で揺るがぬ心が必要である。 - 「もし一たび欣羨あらば、すなわち欲境に趨かん」
→ もし一瞬でも他人をうらやみ、羨ましく思えば、すぐに欲望の世界に引き込まれてしまう。 - 「世を済い邦を経するには、雲水の如き趣味の一段を要す」
→ 世の中を救い国を治めるような仕事をするには、雲や水のように自由で執着しない風雅な心の持ちようが必要である。 - 「もし一たび貪着あらば、すなわち機阱に堕ちん」
→ もし少しでも貪りや執着があれば、たちまち策略や罠(機阱)に落ちてしまう。
4. 用語解説
- 木石念頭(ぼくせきのねんとう):木や石のように無欲で動じない精神状態。
- 欣羨(きんせん):他人の物や地位をうらやみ、欲しがる気持ち。
- 趨欲境(すうよくきょう):「欲境」とは欲望の世界、「趨く」は急いで向かうこと。
- 濟世經邦(さいせいけいほう):世の中を救い、国をよく治めること。政治・公共の大事業。
- 雲水趣味(うんすいしゅみ):雲や水のように自由で風雅な生き方。仏教の僧侶のような超然とした趣味。
- 貪着(たんじゃく):執着し、貪る心。手放せない欲。
- 機阱(きじょう):策略・陰謀・罠。欲望の世界にある危機的な落とし穴。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
徳を磨き道を進もうとする者は、木や石のように心を動かさぬ覚悟が必要である。
もし少しでも他人への羨望が生じれば、すぐに欲望の世界に足を踏み入れてしまうだろう。
また、世を救い国を治めるような大きな仕事に携わるには、雲や水のように執着しない、清らかで風雅な心の持ち方が必要である。
そのような心がなければ、欲望に引かれてたちまち策略や罠に堕ちてしまう。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「欲望と比較の念が、修養とリーダーシップを台無しにする」**という強い教訓を説いています。
人間として成長したい、正しいことをしたいと思うときに、他人との比較(羨望)や成果への執着(貪着)が入ると、
内面の清らかさが曇り、行動の動機がゆがみ、やがて大きな過ちを招くという戒めです。
政治・ビジネス・教育など、高い倫理性が求められるリーダーの姿勢を描いた内容でもあり、
どれほどの立場や志を持っていても、「一念の欲」が道を踏み外すきっかけとなるのだという鋭い警告が込められています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「人と比べるな」が成長の鉄則
ライバル企業や同僚との競争において、羨望や嫉妬から動くと、行動の質が落ち、判断がブレる。
本質を見失わず、己の理念に立脚した取り組みが必要。
● 公共性・マネジメントにおける“無私の境地”
リーダーが社会的使命を果たすには、雲水のような自由で偏らない発想と、私心のない構想力が必要。
それがなければ、いつしか名誉欲・権力欲に飲まれ、組織の信頼を損なう。
● 欲望の芽は「兆しのうちに断つ」
大きな問題になる前に、「あ、今羨ましくなった」「執着してるな」と気づける内省力が重要。
一念の欲が、“機阱(罠)”となって、信頼・成果・人間関係すべてを壊す原因になる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「欲望一念、道を踏み外す──木石の心でこそ高みに届く」
この章句は、修養の道にも、社会の中での成功にも、“欲を鎮める内面の力”がすべての土台であるという、極めて深い人生哲学を示しています。
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