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損益計算書は信用できるか

例を使って説明しよう。第16表は、ある製造業の会社がX月とY月に作成した損益計算書を示している。商品価格は1台あたり2万5千円、変動費は1台あたり1万円であり、1か月の固定費は120万円となっている。営業状況を見てみると、X月には100台を製造したが、販売状況が悪く40台しか売れなかった。

製品在庫が多かったため、Y月には製造を控えて80台にとどめた。その結果、売れ行きが好転し、X月からの繰越分とY月に製造した80台を合わせた140台をすべて売り切ることができた。

X月とY月の月次損益がどのようになるかを考える状況だ。もちろん、現実には繰越在庫がゼロになり、Y月に在庫をすべて売り切るといったことは通常起こらない。しかし、これは原則を説明するためのモデルケースとして、このような状況を設定している。

この計算書をじっくり見ると、妙な点に気づくだろう。X月の売上はわずか100万円だ。固定費が120万円である以上、この時点で20万円の赤字になるはずだ。それに、1台あたり1万円の変動費も赤字要因として加わるのが自然な考え方だ。しかし、計算書ではなぜか12万円の黒字が計上されている。

Y月に140台も売り上げ、売上高が350万円に達したにもかかわらず、利益がわずか18万円というのは、普通では考えられない数字だ。この状況は、かつて自分が勤めていた会社で実際に起きた出来事だ。納得がいかず経理課に確認すると、計算に誤りはないとの返答が返ってきた。

さらに食い下がると、軽蔑するような目つきでこちらを見ながら、会計学の原則を持ち出して説明を始める。その話を聞いても、会計学の知識がない自分には理解できるはずもなく、結局は黙って引き下がるしかなかった。

この経験こそが、会計学を学ぶ必要性を痛感した直接的なきっかけとなった。独学で非効率な勉強を何年も続けながら、ようやくこれまで抱えていた疑問を解き明かすことができたのだ。おそらく、実務の経験が少なからずこの疑問の解消に寄与したのだろう。

会計学者や経理担当者がこの矛盾に気づきにくいのは、おそらく実務経験が乏しく、体験を通じて疑問を抱く機会がないからだろう。

では、この計算書の誤りはどこにあるのか。その原因は、またしても固定費の割り振り方法にある。固定費は本来、生産数量に基づいて配分されるべきものであり、売上数量に割り振るものではない。(これまでの説明では、モデルケースとして、生産数量と売上数量が一致しているという前提を設けて話を進めてきた。)

X月の一台あたりの原価を見ると、固定費が一台あたり13,000円と計算されている。この固定費に一台あたりの変動費である10,000円が加算され、結果として一台あたりの原価は23,000円となっている。

ところで、100台生産したものの、実際に売れたのは40台だった。この場合、売上原価として計上されるのは売れた40台分だけであり、残りの60台は在庫として扱われ、売上原価から除外されることになる。

問題は、この外された60台分の原価にある。なぜなら、この原価には1台あたり13,000円の固定費が含まれており、60台分では合計で72万円にもなるからだ。

この72万円は、X月に実際に社外へ流出した経費120万円のうちの一部だ。しかし、それが製品の原価として割り振られ、在庫として資産に計上されてしまっている。

「すでに社外に流出してしまった費用を、在庫として社内に留める」という点に、この問題の核心である会計学上の矛盾がある。これが原因で、100万円の売上に対して120万円の固定費を消費していながら、なお12万円の利益が出るという不自然な計算結果が生じてしまったのだ。

したがって、この72万円をX月の利益12万円から差し引けば、実際には60万円の赤字となるのが本来の姿だ。(もっとも、このような計算方法は税務署には認められない。税務署はあくまで〈第16表〉の数字を正当なものとみなす。)これなら筋が通り、納得できるだろう。

したがって、Y月の損益計算では、X月から繰り越された72万円を調整し、これを当月の利益18万円に加算して、最終的に90万円の利益とするのが本来の正しい姿となる。

会計学の原則に基づく計算の誤りをさらに明確にするために、極端な例を挙げてみる。それが〈第17表〉だ。この表では、同じ会社が「毎月100台を製造し、そのうち1台だけを販売する」という状況を1年間続けた場合に、会計学の原則に基づく損益計算がどのような形になるかを示している。

〈第17表〉は1年間分ではなく、最初の3カ月分のみを示しており、残りは省略されている。しかし、毎月100台を製造し、そのうち1台だけを販売する状況では、1月分の計算を行えば、その後は単純に繰越在庫が毎月99台ずつ増えるだけの話だ。月別の損益は常に3,000円となり、1台あたりの原価も毎月一貫して23,000円である。

この状況を1年間続けた場合、年度の損益計算書は〈第18表〉のような結果となる。驚くべきことに、売上がわずか20万円であるにもかかわらず、利益が36,000円となり、1台あたりの原価は22,000円となる。この異常な計算結果の原因は、売れ残った1,188台が期末在庫として計上され、その在庫金額に、すでに社外に流出した固定費1,400万円余りが資産として含まれているからである。

この会社の実態は完全に赤字である。損益分岐点を計算すれば一目瞭然だが、明らかに売上が固定費をまかなえていない状態だ。それにもかかわらず、帳簿上では黒字とされている。これがまさに「赤字会社の黒字決算」という状況を示している。

この会社は、毎月100台を製造し続ける限り、売上台数に3,000円を掛けた金額が常に帳簿上の利益として計算される仕組みになっている。これは、一台あたりの売上高が25,000円で、一台あたりの原価が23,000円であるため、1台ごとに3,000円の利益が計上されるからだ。販売台数が増えるほど利益が増えるように見えるが、実際には固定費が売上原価から除外され在庫として繰り越されているため、赤字である現実が隠されている。

売上数量に関係なく、一台あたりの全部原価が売価を下回る条件で生産を続けている限り、会計学上は赤字決算が発生することはない。実態としてどれだけ赤字であろうと、固定費が在庫に振り替えられ資産計上されるため、帳簿上では黒字が維持されるという構造的な問題がここにある。

たとえ全く売れなくても、損益はゼロになるというのがこの会計学の原則の奇妙な点だ。そして、この誤りの根本原因は、前述した通り「固定費の割り掛け」にある。固定費が在庫に振り替えられ、売上原価に計上されないことで、赤字が帳簿上から消えてしまうという不合理な仕組みが問題なのだ。

このような極端な例を用いて損益計算書の矛盾を説明したのは、まず第一に、その本質を理解しやすくするためだ。もう一つの理由は、この矛盾が事業経営において直接的にも間接的にも多くの影響を与えており、その影響を見過ごすことができないからである。

私が若い頃勤めていたF社は、オートバイメーカーであるT発動機(以下T社とする)の専属下請け会社だった。当時、T社は先発メーカーとしての地位を新興の本田技研によって脅かされ、次第に苦境に追い込まれていった。その原因は、T社の経営陣が市場の変化を見抜けず、対応を怠ったことにあった。

戦後、オートバイの需要は主に運搬車として急速に拡大していった。その中で、T社の製品は運搬車として非常に適していた。優れたエンジンと頑丈な車体は、消費者のニーズに見事に応えるものだった。しかし、その頑丈さが裏目に出るほどで、「400キロの荷物を積んだら車体が歪んだ」という苦情まで寄せられることもあった。

妙に正確な数字だと思ったら、400キロというのは100貫の豚を積み、さらに人間の体重を加えた結果の数字だった。やがて、運搬車としてのオートバイの需要は徐々に減少し、乗り物としての需要へと移行していった。昭和30年頃からは、洗練されたデザインを持つヤマハの存在感が目立つようになった。しかし、それにもかかわらず、T社の経営陣は「オートバイは運搬車である」という旧来の考え方に固執し続けていた。

そして、ついにその旧態依然とした考え方の「ツケ」を払うことになったのが57年型のモデルだった。頑丈さと丈夫さだけを追求した一方で、洗練とは程遠いデザインが災いし、販売は大きく落ち込んでしまった。これにより、市場の変化を見誤ったT社の経営戦略の限界が露呈したのである。

どれだけ販売努力を重ねても、消費者の好みに合わない車が売れるはずもない。その結果、T社は完全に赤字基調へと転落し、赤字決算を避けられない状況に追い込まれてしまった。市場の変化を読み違えた経営のツケが、ここにきて明確に現れたのだった。

T社がとった策は、57年型の生産を早めに切り上げ、58年型を繰り上げて発売することだった。この方針が重役会議で決定されると同時に、すでに過剰在庫に陥っている57年型の減産も議題に上り、実行されそうになった。

その時、経理担当の重役が猛然と反対の声を上げた。58年型の繰り上げ発売には賛成するものの、57年型の減産には断固反対だというのである。その主張が会議を一気に緊張させた。

並み居る重役たちは、この非常識とも思える経理担当重役の意見に対し、その理由を尋ねた。しかし返ってきた答えは、「とにかく、そうしてもらわなければ困る。そうでなければ資金繰りの責任が負えない」という一点張りだった。その曖昧さと強硬な態度に、会議の空気はさらに張り詰めた。

「陰の社長」と呼ばれるほどの実力者である経理担当重役が強硬に反対したため、重役会は結局、事情がよくわからないまま57年型の減産を決定することができなかった。この不可解な状況に、会議は混迷を深めるばかりだった。

しかし、現実には売れない車を作り続けることになった。その結果、支払い状況は極端に悪化し、資金繰りの負担は納入業者や下請け企業に大きくのしかかった。F社でもその影響は深刻で、ついには従業員への給与が遅配される事態にまで追い込まれた。

経理担当重役がこのような無理を押し通した真意はどこにあったのか。その答えを私が理解したのは、後に目にしたT社の決算報告書だった。驚くべきことに、その報告書は立派な黒字を示していたのである。

賢明な読者にはすでにお気づきだろう。経理担当重役の狙いは、会計原則の盲点を巧妙に利用し、実質的な赤字を帳簿上の黒字に見せかけることにあったのだ。

たとえ売れない車であっても、固定費を一台あたりに割り振り、その原価が売価を下回る計算になる台数を生産すれば、実質的には赤字でも帳簿上は黒字決算が可能だということを経理担当重役は熟知していたのだ。これが彼の真の狙いだった。

この決算は、完全に合法的な手法による粉飾決算であるため、非常に厄介だ。こうして帳簿上の黒字を作り出し、外部からの信用を何とかつなぎ留めた上で、次期モデルの売上に望みを託すしかなかったのだ。

もし赤字決算を発表すれば、金融機関からの融資が困難になり、特約店や納入業者、下請け工場などに不安を与える結果となる。それに伴い、株価の暴落といった深刻な事態が引き起こされる可能性が高い。こうした危機を避ける必要があると判断したのが、経理担当重役の状況判断だったのだ。

経理担当重役の施策は、一応の成功を収めたと言える。その結果、実質的には赤字状態にあるT社の株価が、その後もしばらくの間、額面の6倍以上という高値を維持し続けたのだ。この虚構の安定が、経営を一時的に支える形となった。

しかし、それも所詮は一時的なものでしかなかった。お客様の要求を理解しようともせず、旧態依然とした「天動説」的な考え方に固執する会社が長く存続できるはずがない。結局、数年後にはT社は倒産の憂き目を見てしまったのである。

この会計原則の誤りによって、多くの会社が翻弄されるのが、決算時の在庫調整だ。決算期が近づくと、「在庫を減らせ」という指令が飛び交う。この指示は一見すると資金繰りを目的としているように見えるが、実際のところは帳簿上の利益を意図的に減らすための操作なのだ。

在庫には、すでに支払われ社外に流出した経費が割り振られ、資産として計上されている。在庫を減らせば、その在庫に割り振られていた経費を一気に費用として計上できるため、帳簿上で利益を減らすことが可能になる。これが在庫調整による「利益操作」の仕組みだ。

在庫の評価では、完成品には売価還元法などの方法が用いられ、一方で仕掛品については、その加工度合に応じて各種の経費が在庫に割り振られていく仕組みとなっている。このようにして、在庫には実際には現金として手元にない費用が「資産」として計上されることになる。

繰越在庫とは、決算期においてすでに支出された経費を、その在庫に割り振ることで当期の費用として計上せず、翌期以降へ持ち越す役割を担わされているものだ。この仕組みによって、帳簿上は当期の利益が実態よりも高く見える一方で、将来的な費用負担が増加するリスクを抱え込むことになる。

損益計算書の信頼性と会計原則の課題:見えない赤字と在庫の影響

損益計算書が必ずしも会社の実態を反映していないケースがあり、その原因の一つは「固定費の割掛け」という会計原則にある。固定費が売上数量ではなく生産数量に基づいて配分されるため、売れていない製品の在庫が資産として計上される結果、実際の収支が見えにくくなる。以下、損益計算書の問題点と在庫が与える影響について説明する。

1. 損益計算書における固定費の割掛けの矛盾

固定費は、社外に流出したコストでありながら、製品の在庫に割り当てられ資産として計上されるため、以下のような矛盾が生じる。

  • 売上が少ない月に黒字計上される
    たとえば、売上が低調だったX月には、売れ残った製品の在庫に固定費が割り当てられているため、実際には赤字であるにもかかわらず、損益計算上は黒字として表示される。
  • 売上が好調な月に利益が小さくなる
    Y月には売上が増加し、売上に応じた変動費や固定費が計上されるが、在庫に割り当てられた固定費が一度に吐き出されないため、利益が見た目以上に小さく見える。

2. 在庫による資産計上のリスク

損益計算書上の黒字と実態の赤字が乖離するのは、在庫に固定費が含まれることで、会社の外に流出した経費が内部資産のように扱われるからである。この問題を以下のような極端な例で考えるとわかりやすい:

  • 売上が1台でも黒字決算になるケース
    仮に毎月100台製造し、1台のみを販売すると、一見利益が計上される。売れ残った在庫の分に固定費が割り当てられ、資産として計上されるため、売上台数にかかわらず黒字が表示される。
  • 赤字会社が黒字決算になる
    例では、売上がわずかでも決算書上の利益が発生するように見えるが、これは会計学上の処理に基づいた形式的な黒字で、実際には赤字である。赤字会社がこのような「合法的な粉飾」によって黒字決算を維持できる点に、会計原則の危険が潜んでいる。

3. 経営への影響と在庫調整の重要性

会計原則の影響を理解しないまま損益計算書に依存すると、在庫管理や利益判断において誤った経営判断が下されるリスクがある。

  • 在庫調整による利益操作
    決算期が近づくと、在庫を減らすことでその期の経費を減少させ、利益を減らす指令が出されることがある。これは、在庫を減らすことでその在庫に割り当てられた経費が費用として落とされるためで、見た目の利益を調整する方法として用いられることが多い。
  • 長期的な財務リスク
    在庫を増やし続けると、資産として計上された固定費が膨張し、会社の実態と異なる決算が続く。経営陣が売れない製品を作り続けてしまう原因になり、資金繰り悪化や財務リスクの高まりにつながる。

結論

損益計算書が示す利益が会社の真の財務状態を反映しないことがある。特に、在庫に固定費が含まれることで、実際の赤字が表面化せず、黒字決算が維持されるケースがある。このような状況では、会計学の原則が経営判断を誤らせる要因になるため、損益計算書を鵜呑みにせず、在庫の実態や固定費の配分方法を見直すことが重要である。

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