S社は電気機器を製造する企業だ。売上の大半は大企業の下請け業務から得ており、一部は市販品として販売しているが、市場占有率は1%未満と極めて低く、ほぼ限界的な生産者に位置付けられる。本社はS県に構え、東京には営業所を展開している。
売上の大半が下請け業務に依存しているため収益性が低い状況を踏まえ、収益性の高い市販品の拡大を目指し、将来的にはこれを主力事業に据えたいというのが社長の長年の願いだった。続く不況の影響もあり、社長はついにその願望を本格的に推進する決断を下した。
社長は、まず地元市場から展開を始める方針を示し、県内での占有率20%を最終目標とし、当面の目標として10%の達成を掲げた。県内の現状では占有率はほぼゼロに近く、事実上の新規参入となる状況だ。つまり、「現在の製品を武器に新たな市場に挑む」という戦略であり、その具体的な進め方について私に相談を持ちかけてきたのだ。
まず、私は社長に対して覚悟を促した。市場はすでに過当競争の状態にあり、そこへ新規参入する以上、一年や二年で成果を期待するのは現実的ではないことを伝えた。その間、販売経費を補えるほどの収益は見込めないという前提で取り組む必要がある、と強調した。
「これは、車が発進するときにローギアでエンジンは高回転でもスピードが遅く、燃費が悪くなる状況と同じだ。辛抱強く努力を続けることでしか勝利は手に入らない」という比喩を使い、社長の腹を据えるよう説いた。
私は社長に具体的な作戦を提案した。「県内に作戦地域を限定するという判断は賢明だ。しかし、さらに踏み込む必要がある。この県内を細かくエリアに分け、それぞれのエリアごとに個別の作戦を立てるのだ」と。
地域の特性やニーズに応じて戦略をカスタマイズすることで、効率的かつ効果的に占有率を高める道筋を示した。このアプローチにより、限られたリソースを最大限に活用し、競争の激しい市場に食い込むための具体的な方向性を明確にした形だ。
まず、県の東部に位置する二つの主要都市をそれぞれ独立した地域として設定する。これらは県全体の人口の60%を占めており、最も重要な市場となる。仮に、この二つの地域をA地区とB地区と呼ぶことにする。
次に、残りの地域を四つに分割し、それぞれC地区、D地区、E地区、F地区と名付ける。このように全県を6つのエリアに細分化することで、各地域の特性や市場環境に応じた個別の戦略を立案しやすくなる。特にA地区とB地区は重点的に取り組むべき市場であり、それ以外の地域は段階的に進める方針とする。
A地区とB地区は第一次作戦の対象から外す。多くの企業は、大きな市場だから売上も多いはずだという安易な考えで、真っ先にこれらの地域を狙いたがる。しかし、それは「天動説」と同じような錯覚だ。この地域には既に大手企業をはじめとする先行業者がひしめき合い、激しい競争が繰り広げられている。
そんな中に新参者が飛び込んでも、期待したような成果を挙げるのは極めて困難だ。この激戦区での勝負は、まだ準備段階にある現状では無謀と言える。それがA地区とB地区を第一次作戦から除外する理由だ。
C地区には、先発のトップ企業と強固に結びついた間屋が存在し、その影響力が圧倒的に強い。このような敵の勢力が突出している地域に無理に挑むのは得策ではない。囲碁の原則にもあるように、敵が強いところには近づかないのが基本だ。この理由から、C地区も第一次作戦の対象から除外する。
残るD、E、Fの三地区を主戦場とし、それぞれの地区に一社ずつ専属のディーラーを設ける。また、各地区に一名ずつセールスマンを配置し、徹底的な「蛇口作戦」を展開する。この作戦は、限られたリソースを効率的に集中投入し、確実に市場を切り崩すための戦略である。
ところが、社長はすでにC地区の有力問屋、つまりトップ企業と密着している間屋との間で取引の了解を取り付けており、この地区も作戦対象に含めたいと主張した。私は慎重に意見を述べた。
「社長がどうしてもやりたいとお考えなら、試してみるのも一つの選択肢です。しかし、現実的には成果を上げるのは非常に難しいでしょう」と、釘を刺しておいた。これにより、C地区への参入が持つリスクを十分に認識させたかったのだ。
専任セールスマンを選ぶ際、セールス経験者を採用してはいけないと社長に注意を促した。多くの経営者は、「セールス経験がある方が即戦力になる」と考えがちで、特に経験が豊富な人材を優先しようとする。しかし、こうした経験者には注意が必要だ。
長年の経験に基づいたやり方に固執し、独断で行動する可能性がある。最悪の場合、社長の方針や作戦を無視し、自身のやり方を押し通すことも考えられる。結果として、戦略がブレたり、作戦そのものが失敗に終わる危険性があるため、慎重に選定する必要がある。
蛇口作戦において最も重要なのは、セールスマンの商談スキルではなく、定期的な巡回、つまり地道なパトロールである。このパトロールは地味で忍耐を要する作業であり、派手な成果を求めがちな経験者には不向きで、長続きしないことが多い。そのため、未経験であっても根気があり、誠実に取り組める人物を選ぶのが適任だ。
ここで思い出してほしいのは、販売戦略の基本として述べた「訪問は売り込みではない、顧客確保である」という言葉だ。訪問活動は短期的な売上を追求するものではなく、顧客との信頼関係を築き、長期的な関係性を確保するための手段である。この視点が、蛇口作戦を成功に導くカギとなる。
パトロールは、蛇口を週に一度訪問することを基準として進めることとした。また、社長自身も最低でも月に一度は必ずディーラーを訪問し、その際に数軒の蛇口を実際に訪問することを義務付けた。これを実践しなければ、現場の実態を社長が正確に把握することはできない。
現場に足を運び、自ら顧客やディーラーの状況を直接確認することで、作戦の進捗や課題を的確に捉えられる。現実を見据えた意思決定を行うためにも、これは不可欠な取り組みだ。
作戦を開始してから約6カ月が経過した。D、E、Fの三地区では、売上が月を追うごとに少しずつではあるが着実に上昇していた。この成果は、地道なパトロールとディーラーの努力が結実し始めたことを示していた。
一方で、C地区の状況は全く異なっていた。開始以来、売上が記録されたのはわずか一度、数万円に過ぎず、それ以降は完全にゼロが続いた。「敵の強いところはダメ」という原則が、そのまま現実として表れた形だ。この結果は、事前の警告がいかに的確だったかを証明するものとなった。
私は、C地区からの撤退を進言した。C地区での成果が全く上がらない以上、リソースを無駄にするべきではないからだ。しかし、社長はC地区だけでなく、D、E、Fの蛇口作戦全体についても「これだけの少ない実績では将来性がない」と、中止をほのめかす態度を見せ始めた。
これは下請け業務に長く依存してきた社長にありがちな共通の反応だ。自社の独自路線を進めるにあたって、少しでも困難に直面すると、すぐに自信を失い、戦略を投げ出してしまう。こうした「ヘナヘナと折れる」態度では、厳しい競争を勝ち抜くことは到底できない。
私は強い口調で社長に言った。「とんでもないことだ!だから最初に言ったではないか。こんな程度で戦意を失ってしまっては、あなたの会社は永遠にこの状況から抜け出せない。確かに、社長はこの実績を見て『ダメだ』と思われるかもしれない。しかし、私からすれば、むしろ順調に進んでいると言える。
ゼロからのスタートでありながら、20年も先行している競合他社がひしめく市場の中で、これだけの実績を挙げたのだ。これは大いに評価すべき成果だ。焦らず、辛抱強く続ければ、必ず結果はついてくる。」社長の気持ちを奮い立たせ、戦略を続ける必要性を改めて強調した。
「絶対額は少ないかもしれないが、月ごとに確実に売上が上昇しているという事実は、『望みなき』どころか『大いに有望』である証拠だ。望みがないのは、売上がいつまでも横ばいで停滞し、成長の兆しが全く見えないときのことだ。今の状況はその真逆であり、むしろ次の一歩に向けた基盤がしっかりと築かれている段階だ。
だからこそ、ここで踏ん張るのだ。困難に負けず、地道に作戦を進めれば、必ず道は開ける。」そう言って、社長に改めて奮起を促し、前進する気概を呼び起こした。
C地区から撤退し、D、E、Fの三地区で蛇口作戦を粘り強く続けた。その結果、一年が経過した時点で、この三地区の売上が東京営業所の売上を超えた。東京営業所は設立から15年が経過し、2名の人員を抱えているが、同じ人数のチームがわずか1年で、しかも遥かに規模の小さい地方市場でその実績を上回ったのだ。
この結果は、戦略を正確に実行し、地道に取り組み続けたことがいかに重要かを物語っている。大市場に固執するのではなく、小さなマーケットで着実に成果を積み上げることの価値が改めて証明された。
これは市場原理から見れば当然の結果だ。蛇口作戦を展開したD、E、Fの各地区では、他社の先発勢力に対して数倍の兵力を投入した。その結果、強固だった他社の地盤を揺るがし、自社の存在感を高めることができた。一方で、東京地区では限界生産者として活動しており、競合がひしめく中で十分なリソースを投入できなかったため、売上が停滞し続けていた。
この違いが生まれたのは、戦力の集中と戦略的な地域選定の成果だ。小さな市場でも適切なアプローチを取れば、確実にシェアを拡大できることを実証した結果と言える。
第二年目は、第一年目で得た実績と経験を基に、新たな戦略を展開することとした。まず、成果を上げたD、E、Fの三地区については、パトロール回数を半減することを決定した。これらの地区では既に一定の基盤が築かれ、占有率をさらに高めるためには、これまでほどの頻度での巡回が必要ないという自信を得たためだ。
浮いた時間とリソースは、第一年目に除外していたA、B両地区に投入する。この大市場においては「拠点作戦」を採用し、慎重に攻勢を仕掛ける方針だ。こうして、既存地区の維持と新規地区の開拓を両立させる形で、次なる成長へのステップを踏み出す計画を立てた。
A、B両地区は市場規模が大きく、本来であればディーラーをそれぞれ2〜3社配置するのが理想的だ。しかし、現有の戦力ではそれらをカバーすることは難しい。そこで、ディーラーを各地区につき1社に絞り込むことにした。
さらに、蛇口の数も厳選してごく少数に限定し、選ばれた蛇口に対して密度の高いパトロールを実施する方針を採用する。これにより、限られたリソースを最大限活用し、重点的なサポートと関係構築を行うことで、大市場における足場を着実に固める戦略を展開する。
この取り組みは、パトロールの効果を検証するための実験でもある。A、B両地区は先発各社の重点的な拠点であり、競争が激しい。その中でパトロールを行うことで、敵の実際の強さや影響力の程度を測定することができる。
これにより、自社の戦略がどれだけ通用するのかを評価し、次の作戦をどのように展開するかを決定するための重要なデータを得ることが目的だ。単なる売上拡大だけではなく、市場環境を深く理解するための試金石としての意味を持つ挑戦となる。
もう一つの取り組みとして、C地区は引き続き除外地区とし、その地域を飛び越えて隣県の一部に目を向けることとした。ここでは、敵の勢力が最も手薄なエリアを狙い、新たに蛇口作戦を展開している。
この作戦の成果については、現時点ではまだ未知数である。作戦は現在進行中であり、初期段階での進捗を見守りながら、成果がどう現れるかを慎重に観察している段階だ。もし効果が出るようであれば、さらに隣県の別地域への拡大も視野に入れることになるだろう。
S社は後発の限界生産者であるため、主要市場への進出は後回しにし、競合の勢力が弱い地域を狙う戦略を取った。この方針は、リソースが限られた企業が生き残りを図る現実的な選択だ。
一方、強者であれば話は異なる。市場での認知度や資金力、人的リソースが豊富な企業は、最初から主要市場に進出し、競合と正面から戦うことが可能だ。強者は既存のブランド力や市場シェアを武器に、早い段階から大規模な展開ができるため、戦略の選択肢が大きく広がる。これは、弱者と強者での戦い方の根本的な違いを象徴している。
M社は、その典型的な例と言える。もともと機械部品に使われる成型品の下請けを主業としていたが、低収益構造から脱却し、高収益の自主経営を目指すことを決意した。そのために、自社製品の中から一部を選定し、市販を開始するという戦略を打ち出した。
この方針転換は、単なる下請けから脱し、自社ブランドを確立して市場での競争力を高めるための大きな一歩であった。M社の取り組みは、強い意志と戦略的な思考がなければ実現しえない挑戦であり、収益構造を変えるための模範的な試みといえる。
事前調査の結果、さまざまな需要が存在することが判明し、さらにその需要は標準品として商品化する可能性を秘めていることがわかった。ただし、この製品は高級品であるため、どのメーカーも「市場は限られている」と考えていたらしく、ごく一部の市販品しか流通していなかったのが実情である。
そのため、ユーザーは必要な製品が市販されていない状況に直面し、やむを得ず特注品として対応していた。しかし、この特注品は高価格であるうえに、納期が一カ月以上かかるという不便さを受け入れざるを得ない状況に置かれていた。この現実は、新規参入の余地と潜在的な市場拡大の可能性を示唆するものであった。
この製品は、まさにマーケットの盲点を突いた商品であった。そのため、M社は初めから地元である大阪地区をターゲットに定め、現物カタログを作成し、販売を開始した。販売方法はシンプルで、カタログを数社の問屋に配布しただけだったにもかかわらず、売上は順調に伸びていった。
驚くべきことに、売上は私がある程度希望的観測を交えて描いた予測ラインにぴたりと一致して進んだ。これが強者の特徴である。市場のニーズを的確に捉え、限られたリソースでも確実に成果を上げる能力を持つ企業の姿がここにあった。
この実績を踏まえ、M社は次なる作戦に進むこととした。具体的には、現在の主力商品と隣接し、同じようにマーケットの盲点となっている別の商品をラインナップに加えることで、戦力を強化することを決定した。
さらに、大阪地区では問屋の数を増やす方針を取った。この業界には大型問屋が存在しないため、問屋を増やしても過当競争のリスクは少なく、市場カバー率を高めることが可能だからである。また、この拡大を機に、東京地区にも堂々と進出する戦略を取ることで、新たなマーケットでのシェア獲得を目指した。この計画は、初期の成功を土台に次の成長ステージへ進む、攻めの姿勢を象徴するものであった。
新規事業ではあるものの、扱う商品そのものは既に世の中に存在し、業界内では広く知られているため、詳細な説明を改めて行う必要がない。この状況は大きな利点となった。「標準品を発売しました」という簡潔なキャンペーンだけで十分に市場に浸透させることができるのだ。
こうした手軽さを持つ商品は非常に珍しい。市場の盲点を突きつつも、ユーザーが既にその価値を理解しているため、余計な教育コストや啓蒙活動が不要で、スムーズな販売展開が可能となった。この特性がM社の戦略をよりスピーディーで効果的なものにしている。
最もありがたい点は、M社が初めから「強者の戦略」を取れるポジションに立ち、いきなり中央市場に進出できる状況を作り出せたことである。この商品は、業界の盲点を巧みに突いた、まさに典型的な「シンデレラ商品」と言える。その将来性には大いに期待が持てる。
しかし、一つ注意しなければならない点がある。それは、この成功を他社が見逃さず、競合が新規参入してくる可能性だ。特に、現在の市場で「標準品」として認知が広がるにつれ、競合他社が同様の商品を投入し、シェア争いが激化するリスクが高まる。このため、引き続き市場での優位性を確保するために、製品改良やブランド構築、さらなるサービス強化といった対策を講じることが必要になるだろう。
通常、新商品が市場に出ると、半年から遅くとも1年以内には後発メーカーが追随してくるものだ。しかし、この商品は高級品であるため、他の業者は「需要が限られている」と判断し、大規模な参入には慎重な姿勢を取っている。
この状況は、M社にとってある種の猶予期間を提供しているが、競合がいつ気付き、参入してくるかは大いに注目すべきポイントだ。市場の盲点を突いた商品であるが故に、他社がその可能性に目を向け始めたとき、競争環境が一気に変わる可能性がある。このタイミングを予測し、先手を打つ準備を進めることが、M社が持続的な成功を収める鍵となるだろう。私にとっても、この動きがどのように展開するかは非常に興味深いテーマだ。
人間の考え方には特徴的な偏りがあり、同種商品の中での売上比率が小さいと、それだけで「あまり売れない商品」と思い込む傾向がある。しかし、比率が小さくても、分母が大きければ分子の絶対額も実際には相当なものになる。この事実に気づかないことで市場の盲点が生まれ、それが「シンデレラ商品」の登場につながる。
この事例は、まさにその典型を示している。業界全体が見過ごしていた盲点を的確に捉えることで、M社は市場において独自のポジションを築き上げることができた。この教訓は、単なる数値の比較にとどまらず、市場を俯瞰し、潜在的な可能性を見極めることの重要性を私たちに教えてくれる。盲点は、時に最も大きなチャンスを秘めている。
これら二つの事例は、新規商品(あるいは既存商品でも同様だが)の販売において、「弱者」と「強者」では販売方法が根本的に異なることを明確に示している。弱者は競争を避け、敵の手薄な市場を狙い、リソースを集中して地道に基盤を築く戦略が必要だ。一方、強者は市場の盲点を突く商品を用意し、最初から主要市場へ堂々と進出する戦略を取ることができる。
どちらの場合でも共通しているのは、やみくもに行動しても成功には繋がらないという点だ。市場を徹底的に調査し、具体的な作戦を持たずに進めるのでは、結果は出ない。成功するためには、自社の立ち位置を正確に把握し、それに応じた適切な戦略を練ることが不可欠である。この教訓は、弱者にも強者にも等しく適用される基本原則である。
市場原理に基づいた計画的な作戦を展開することで、初めて期待される成果を得られる。この基本を忘れてはならない。無計画で場当たり的な対応では、競争の激しい市場での成功は到底望めないからだ。
社長としての役割は、市場原理を深く理解し、それを応用した市場戦略を正しく設計することである。そのためには、単なる経験や感覚に頼るのではなく、理論と実践に基づいた知識を習得する必要がある。
これらの基本については、このシリーズの「販売戦略・市場戦略」篇で詳しく解説している。市場原理を基盤とした戦略の立て方やその応用方法を学び、実践に役立ててほしい。正しい知識こそが、持続的な成功への道を切り開く鍵となる。
作戦を展開する際には、まず自らが予定地を実際に歩き回り、目で見て、耳で聞き、肌で感じ取ることで現場のリアルな情報を収集することが重要である。これに加えて、多方面からの情報を幅広く集める努力も欠かせない。
得られた情報を基に、自社と競合の戦力を冷静に比較し、その上で現実的かつ効果的な計画を立案しなければならない。机上の空論やデータのみの分析に頼るのではなく、現場感覚を重視し、実際の状況を反映した戦略を構築することが成功の鍵となる。現場を知り、敵を知ることで、確かな勝機を見出せるのである。
新事業の販売戦で勝利を収めるためには、計画的で緻密な作戦が不可欠であり、その実行においては社長自らが陣頭指揮を執ることが最重要の要件となる。市場開拓の責任を営業部門に丸投げするような安易な姿勢では、成功はおろか、事業そのものが頓挫する可能性すらある。
社長は自ら現場に足を運び、状況を直接把握し、計画の進捗や問題点をその都度確認しながら、迅速かつ的確に指揮を執るべきである。特に新規事業の初期段階では、現場の動きが事業の成否を大きく左右するため、トップが主体的に動くことが欠かせない。社長の強いリーダーシップが、全社員の士気を高め、販売戦を勝ち抜く原動力となるのだ。
S社とM社の事例から、「地域戦略」や「弱者・強者の戦略」といった新規市場参入の販売戦略を明確に学ぶことができます。以下に整理しました。
1. 地域を細分化した戦略的な参入
- S社の地域細分化: S社は地元での占有率を高めるため、県内をA〜Fの6つの地域に分け、競合の強いA、B、C地区を避けて、弱いD、E、F地区をまず重点作戦地区に設定しました。これにより、競争が激しい市場を避け、手薄な地域で少しずつ足場を固めることが可能になりました。
2. 弱者の戦略:密度の高い蛇口作戦
- 蛇口作戦の重要性: S社はD、E、Fの3地区において、新たなディーラーとセールスマンを専任配置し、徹底的に定期巡回する「蛇口作戦」を実施しました。この戦略は、地域内での存在感を高めることに重点を置き、細かな接触によって顧客との信頼を構築しました。特に、耐え難い状況や低収益が長引いても辛抱する姿勢が、後の成果に繋がるとされています。
3. 強者の戦略:初期から主要市場への投入
- M社のケース: M社は、すでに競合が盲点として見落としていた市場を見極め、大阪という主要市場にいきなり参入しました。製品の品質が高級で、市場のニーズもあることがわかっていたため、主要市場に直接カタログを展開しただけで順調に売上を伸ばしました。高級品市場において「強者の戦略」をとり、初期から大手市場に出ることで成功を収めました。
4. 継続的な見直しと拡大戦略
- 第二年目の拡大と調整: S社は最初の1年で基盤を築いた後、D、E、Fの地区でのパトロール頻度を減らし、A、Bの大規模市場への参入を始めました。また、C地区からは撤退し、隣県の手薄な市場を新たに狙うなど、適宜エリア戦略を柔軟に変更することで、無駄なリソースを省きつつ新しい市場開拓を進めました。
5. 戦略的に収集した市場情報の重要性
- 社長自らの情報収集: 両社の事例において、市場の動向を直接感じ取り、適切な判断を下すために、社長自身が市場を巡り、顧客やディーラーからの生の情報を収集することが推奨されています。この直接的な情報収集が戦略立案に役立ち、また営業チームにも現場を大事にする姿勢が伝わり、組織全体の士気が向上します。
まとめ
地域戦略では、限られたリソースを最大限に活用するために、強者か弱者かに応じて異なる戦略を適用することが重要です。S社は弱者として、競合が少ない市場を選び、時間をかけて顧客基盤を構築することで徐々に市場に浸透しました。一方、M社は「強者の戦略」を取り、初めから主要市場に大胆に参入し、盲点となっていた高級品市場を押さえることに成功しました。
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