この章は、孟子が**自らの愛弟子・楽正子(がくせいし/らくせいし)**に対して、礼を欠いた振る舞いを厳しく戒める一幕を描いている。
相手が高弟であり、かつかつて自分のために尽力した人物であっても、師は師として節度を保つべきであるという孟子の信念がよく表れている。
◆ 楽正子とのやり取り:孟子の鋭さと温かさ
楽正子が斉に来訪し、孟子に面会したときのこと。
1. 孟子の皮肉
「お前もまた、私に会いに来たのか?」
この言葉には、子敖(孟子が嫌っていた斉の寵臣)に従って斉入りしたことへの不快感がにじむ。
2. 楽正子の驚きと戸惑い
「どうしてそんなことをおっしゃるのですか」
すると孟子は問う:
「お前が斉に来てから、どれくらい経つのか?」
楽正子は答える:
「数日前です」
孟子:
「ならば、私が皮肉を言っても当然だろう?」
3. 言い訳とその切り返し
楽正子は言い訳する:
「まだ宿が決まっていませんでしたので…」
孟子はたたみかける:
「お前も聞いたことがあるだろう。
“宿が決まってから長者に会うのが礼”などという話があるか?」
これには楽正子も観念し、きちんと謝罪する:
「私に非がございました」
◆ 教訓:本当の敬意は、行動にあらわれる
孟子の言動は冷たく見えるが、そこには弟子を本当に大事に思っているからこその厳しさがある。
- 好きな弟子でも、間違いは間違いとして正す
- 礼を学ぶ者こそ、最も礼に敏感であれ
- 言い訳でごまかそうとするな、道を学ぶ者は行動で示せ
これは、真に人を導く立場にある者の覚悟と信義を示している。
原文(ふりがな付き)
樂正子(がくせいし)、子敖(しごう)に従いて斉に之(ゆ)く。
樂正子、孟子(もうし)に見(まみ)ゆ。
孟子曰(いわ)く:
「子(し)も亦(また)、来たりて我(われ)を見るか?」
樂正子曰:
「先生、何(なん)為(す)れぞ此(この)言(ことば)を出(い)だすや?」
孟子曰:
「子、来たること幾日(いくにち)ぞ?」
樂正子曰:
「昔者(せきしゃ)なり(=数日前です)」
孟子曰:
「昔者ならば、我が此の言を出すも、亦(また)宜(よろ)しからずや?」
樂正子曰:
「舍館(しゃかん)未(いま)だ定まらざればなり」
孟子曰:
「子、之を聞けりや?
舍館定まりて、然る後に長者に見ゆることを求むることを。」
樂正子曰:
「克(こく)罪(つみ)有(あ)り(=私が悪うございました)」
注釈
- 子敖(しごう):斉王の寵臣。孟子が非常に嫌っていた人物。
- 樂正子(がくせいし):孟子の高弟。温厚で忠義な人物とされる。
- 舍館(しゃかん):宿。旅の際の滞在先。
- 長者に見ゆ:師や目上の人物に面会すること。
- 克罪有り:罪を認める。非礼を詫びる言葉。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- rebuke-with-care(叱るのもまた愛)
- correct-the-loved(愛弟子でも正す)
- true-respect-is-in-action(敬意は行動で示せ)
- a-real-teacher-does-not-flatter(真の師は迎合しない)
この章は、「情」と「礼」のバランスをどう保つかという、孟子らしい高度な人間教育の一節です。
愛弟子を甘やかさず、礼をもって導くことこそ、真の教育者の姿であると、孟子は体現して見せました。
原文(『孟子』公孫丑章句より)
樂正子從於子敖之齊。樂正子見孟子。孟子曰:「子亦來見我乎?」
曰:「先生何爲出此言也?」曰:「子來幾日矣。」
曰:「昔者。」曰:「昔者則我出此言也,不亦宜乎?」
曰:「舍館未定。」曰:「子聞之也,舍館定,然後求見長者乎?」
曰:「克罪。」
書き下し文
楽正子、子敖に従いて斉に之く。楽正子、孟子に見ゆ。
孟子曰(いわ)く、
「子も亦た来たりて我を見んとするか。」
曰く、
「先生、何の為にか此の言を出だすや。」
曰く、
「子来たること幾日ぞ。」
曰く、
「昔者(せきしゃ)なり。」
曰く、
「昔者ならば、則ち我が此の言を出だすも、亦宜しからずや。」
曰く、
「舎館(しゃかん)未だ定まらざればなり。」
曰く、
「子之を聞けりや。舎館定まりて、然る後に長者に見ゆることを求むるか。」
曰く、
「克(あやま)ち有り。」
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 楽正子は子敖に従って斉に行った。
- そこで孟子に面会した。
- 孟子は言った。「君もまた私に会いに来たのか?」
- 楽正子は答えた。「先生、なぜそんなことをおっしゃるのですか?」
- 孟子:「君が斉に来てから何日になる?」
- 楽正子:「だいぶ前です。」
- 孟子:「だいぶ前なら、私がそう言ってもおかしくなかろう。」
- 楽正子:「まだ宿舎が決まっていなかったのです。」
- 孟子:「君は聞いたことがあるか?宿が定まってからでなければ、長者に会いに行かないと?」
- 楽正子:「私が間違っておりました。」
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
楽正子 | 孟子の弟子の一人。礼や音楽を重んじる儒者。 |
子敖 | 齊の人物。楽正子が仕えた人物とされる。 |
昔者(せきしゃ) | 以前・だいぶ前の意味。昔から来ていたということ。 |
舎館 | 宿泊施設、仮住まい。滞在先のこと。 |
克罪(こくざい) | 自分の非を認めること。「私が悪うございました」の謙譲表現。 |
全体の現代語訳(まとめ)
楽正子は子敖に従って斉に行き、孟子を訪ねた。
孟子は「君も私に会いに来てくれたのか」と聞いた。
楽正子は「どうしてそんなことをおっしゃるのですか」と反応した。
孟子が「斉に来て何日経つのか」と問うと、楽正子は「だいぶ前です」と答えた。
孟子は、「それならば、私がこう言うのも当然ではないか」と返した。
楽正子は、「まだ宿舎が定まっていなかったのです」と釈明したが、
孟子は「宿が定まってからでないと長者に会ってはならない、という話を聞いたことがあるか」と問い返した。
楽正子は、「私の非でした」と素直に認めた。
解釈と現代的意義
このやり取りは、礼節・タイミング・師弟関係のあり方に対する孟子の姿勢を表しています。
- 先に訪問すべき人物を後回しにすることは、礼を欠く態度である。
- 「言い訳(宿が未定)」を受け入れず、本質を問う孟子の姿勢は、真摯な師の姿でもある。
- 弟子である楽正子が、最終的に素直に自分の非を認める態度もまた、人としての成長に必要な謙虚さを表します。
ビジネスにおける解釈と適用
●「訪れる順番」には意味がある
- 新しい職場、プロジェクト、取引先での最初の行動は、相手に強い印象を与える。
- 重要な相手への「最初の挨拶」を怠ると、それは無言のメッセージとなる。
●言い訳よりも誠実な謝罪が信頼を生む
- 「時間がなかった」「環境が整っていなかった」といった理由を並べるより、「自分の非を認める」ことが信頼構築の第一歩。
●上司・先輩への節度を忘れない
- 新参者がまずすべきは、礼を尽くすことと誠意を示すこと。その順序を誤ると、長期的な関係構築に影響が出る。
ビジネス用心得タイトル
「訪問の順に人間性が表れる──言い訳より誠意を示せ」
この短いやり取りの中には、
**「敬意ある行動の重要性」**と
**「自分の非を潔く認める潔さ」**が凝縮されています。
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