蘆(あし)の布団にくるまり、雪の中、雲の中にあるような山のあばら家で眠る。
そんな簡素な暮らしの中でこそ、部屋全体に満ちる“夜気(やき)”――静かで清らかな気(き)――を体の中に深く蓄えることができる。
また、酒を手に、清らかな風に向かって詩を吟じ、澄んだ月を愛でる。
そのひとときには、俗世の汚れ――“紅塵(こうじん)”――がすっかり身から離れていくのを感じられる。
これは、ただの自然への憧れや趣味ではない。
自然の静けさ、寒さ、風、月といった要素が、心身を清め、生気をよみがえらせてくれる“再生”の実践なのである。
引用(ふりがな付き)
蘆花被(ろかひ)の下(もと)、雪(ゆき)に臥(ふ)し雲(くも)に眠(ねむ)れば、
一窩(いっか)の夜気(やき)を保全(ほぜん)し得(う)。
竹葉(ちくよう)杯(はい)の中(なか)、風(かぜ)に吟(ぎん)じ月(つき)を弄(もてあそ)べば、
万丈(ばんじょう)の紅塵(こうじん)を躱離(たり)し了(おわ)る。
注釈
- 蘆花被(ろかひ):あしで作られた粗末な布団。質素な自然暮らしの象徴。
- 夜気(やき):夜の静寂の中に満ちる清らかな“気”。心を養い、修養に最適とされる。
- 一窩(いっか)の夜気:「部屋中に満ちる夜気」。心身に深く染み渡る感覚。
- 竹葉(ちくよう):酒の雅称。清らかで自然と調和する酒を指す。
- 吟風弄月(ぎんぷうろうげつ):風に向かって詩を詠み、月を眺めながらその美を楽しむこと。
- 紅塵(こうじん):俗世間の煩わしさや汚れ。塵=けがれ。
- 躱離(たり):身をかわして離れること。俗世のけがれが抜けていく状態。
関連思想と補足
- 本項は、孟子が説いた「夜気」「平旦の気」の養生法を体現した一節。
心を静め、自己を養う時間は、夜や自然の中にこそあるとされる。 - 吉田松陰も「夜気を養うことは“浩然の気”を育てる」とし、行動による修養と組み合わせて実践した(『講孟箚記』)。
- 禅宗や道教でも、自然の中に身を置くことで心を澄ませ、“無為自然”な境地に達することが理想とされている。
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