あるとき孔子は、自分自身のことをこう語った。
「外に出れば上役によく仕え、家では父や兄にきちんと従い、
喪に臨んでは精いっぱいのことをし、
酒席にあっても酒に呑まれて乱れることはない。
まあ、私という人間は、それくらいのものだよ」
一見すると、平凡で控えめな発言に思えるが、そこには自分を見つめる冷静な目線と、確かな自己肯定感が込められている。
孔子は自分を「完璧な聖人」とは位置づけていない。
しかし、「人としてやるべき基本を誠実に果たしている」という自負は持っている。
謙虚にして誠実、自信があっても驕らない——それが孔子の人間像であり、弟子たちに示した生き方の模範だった。
原文(ふりがな付き)
「子(し)曰(いわ)く、出(い)でては則(すなわ)ち公卿(こうけい)に事(つか)え、入(い)りては則ち父兄(ふけい)に事(つか)う。喪事(そうじ)は敢(あ)えて勉(つと)めずんばあらず。酒(さけ)の為(ため)に困(くる)しめられず。我(われ)に於(お)いて何(なに)か有(あ)らんや。」
注釈
- 公卿(こうけい)…高位の役人。ここでは「上司」「上役」の意。
- 事う(つかう)…仕える、従う。
- 喪事(そうじ)…葬儀や弔い事。真心を尽くすべき場面。
- 敢えて勉めずんばあらず…「全力で取り組まないということはない」=必ず誠意をもって尽くす。
- 酒の為に困められず…酒に飲まれて乱れることがない節度ある態度。
- 何か有らんや…「これ以上、私に何があるというのだ」=私はこれくらいの人間にすぎない、という謙虚さの表現。
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