孟子が斉の地で客卿として仕えていたとき、母が斉で亡くなった。孟子は故郷である魯に帰り、母を手厚く葬った。その帰路、嬴という村でしばし休んだ際、弟子の充虞(じゅうぐ)が恐る恐るこう尋ねた。
「先日、愚かな私をも信じて、先生は棺を作る仕事を任せてくださいました。そのときは取り込んでおられたので、遠慮して何も言えませんでしたが、今、ひとつだけお伺いしたいことがあります。
――棺の木材が、少し立派すぎたのではないでしょうか?」
この問いは、単に節度や贅沢を問うものではない。孟子のような清廉を旨とする儒者が「母を思う心」と「節度ある礼」のあいだでどう折り合いをつけるのか――その一貫性の試金石でもあった。
この章の本質は、「弟子が師に対して、率直に疑問をぶつけられる風通しのよさ」である。孟子は自らの信条に忠実であろうとするが、同時に周囲の目や儀礼のあり方にも厳しい視線が注がれている。
弟子が、敬愛する師の言動についても「これはどうか」と問える姿勢。これこそが、孟子の人間的な魅力と、開かれた儒家の学びのあり方を物語っている。
原文(ふりがな付き引用)
孟子(もうし)、斉(せい)より魯(ろ)に葬(ほうむ)る。斉(せい)に反(かえ)り、嬴(えい)に止(とど)まる。
充虞(じゅうぐ)請(こ)うて曰(い)わく、前日(ぜんじつ)は、虞(ぐ)の不肖(ふしょう)なるを知らず、虞をして匠事(しょうじ)を敦(とん)めしむ。
厳(げん)なり。虞、敢(あ)えて請(う)けず。今、願(ねが)わくは窃(ひそ)かに請(こ)うこと有(あ)らん。
木(き)以(いた)だ美(び)なるが若(ごと)く然(しか)り。
注釈(簡潔な語句解説)
- 匠事:棺椁(かんかく)作りをつかさどる役目。
- 敦める(とんめる):世話をする、取り仕切る。
- 以だ(いた)だ~然り:「ずいぶん~な様子だ」という意味で、やや過剰な評価をほのめかす言い回し。
- 不肖:未熟であることをへりくだって言う言葉。ここでは充虞が自分を謙遜して表現。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
- questioning-the-respected(敬う者に問いを)
- honest-dialogue-in-learning(学びに必要な率直な対話)
- doubt-does-not-mean-disrespect(疑問は不敬にあらず)
この章句は、儒学の本質が「問いと応答」「道と理の確認」にあることを象徴するエピソードです。師弟関係は盲目的な服従ではなく、互いに誠実な理解を求め合う開かれた関係であるべきことを、孟子と充虞のやりとりが教えてくれます。
1. 原文
孟子自齊葬於魯、反於齊、止於嬴。充虞請曰、前日不知虞之不肖、使虞敦匠事、事嚴、虞不敢請。今願竊有請也。木若以美然。
2. 書き下し文
孟子、斉より魯に葬(ほう)る。斉に反(かえ)り、嬴(えい)に止(とど)まる。
充虞(じゅうぐ)請(こ)うて曰(いわ)く、
「前日、虞の不肖(ふしょう)なるを知らずして、虞をして匠事(しょうじ)を敦(とん)めしむ。事、厳(きび)し。虞、敢(あ)えて請(こ)わざりき。
今、願わくは竊(ひそ)かに請うこと有り。木、以(もっ)て美なるが若(ごと)く然(しか)り。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「孟子は斉から魯に赴き、葬儀を執り行い、再び斉に戻る途中で嬴に立ち寄った」
→ 葬送のための一時帰郷と帰路の旅程の中での出来事。 - 「充虞が孟子に申し出た」
→ 家臣あるいは職人の代表的立場にいた人物。 - 「以前、自分が不肖(未熟)であることを理解してもらえず、匠事(細工や施工の業務)を任され、過度に厳しく当たった」
→ 孟子または上司が彼に責務を任せたが、その際に充分な相談や配慮がなかったという意味。 - 「その時は恐れ多くて申し出ができなかった」
→ 異議や修正の願いを言い出せなかった。 - 「今こっそりお願いがある。仕上がった木(棺・木工品)があまりに美しいので…」
→ 「木」は、たぶん葬儀に関わる棺や墓具であり、「美しくできてしまった」という驚きと誇りがにじむ。
4. 用語解説
- 葬於魯(ほうをる):孟子が故郷の魯で先祖または家族を葬った。
- 嬴(えい):斉と魯の中間地点にある地名。
- 充虞(じゅうぐ):孟子に仕える人物。技術・職務の責任者。
- 不肖(ふしょう):未熟、愚か、能力が至らぬこと。謙遜表現。
- 敦む(とんむ):重く命じる、厳重に課す。
- 匠事(しょうじ):大工や工芸などの職人的な業務。葬儀では棺や道具の製作を指す。
- 木(ぼく):ここでは棺、または葬儀に用いた木製品。
- 美なるが若し(ごとし):驚くほど美しく仕上がったことへの驚嘆。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は斉から故郷の魯へ赴き、葬儀を執り行った。
その帰り道、斉に戻る途中で嬴という地に立ち寄った。
そこで家臣の充虞がこう申し出た:
「以前、私が未熟であることを知らずに、匠(職人)としての業務を重く命じられました。
その任務はとても厳しく、私は申し出もできずに沈黙しておりました。
しかし今、こっそり申し上げたいことがございます──
その“木(棺など)”の出来栄えは、思いがけず美しいものとなりました。」
6. 解釈と現代的意義
この章句には、誠実な職人魂・後悔と感謝・控えめな誇りが詰まっています。
- 責務を負わされたが自信がなかった
- 指導や支援も少なかったことを悔いている
- しかし結果として**「立派なものができた」ことに誇りと喜びを感じている**
これは、仕事のプレッシャー、信頼への応え、不安と達成感といった、現代の労働者にも共通する感情です。
また「美しく仕上がった木」は、**実力が試される場での“成長と証”**でもあります。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「人は不安を抱えて仕事をする──だが誠実に取り組めば結果が出る」
- 初めて任される責務は、誰しも不安がある。だが信頼され、真剣に向き合えば、意外な成果を出すことがある。
✅ 「過去の未熟を認め、後で感謝を伝える姿勢が、信頼を深める」
- 「あのときはよく分からなかった」「でも、今は感謝している」という素直な姿勢が、上司や同僚との絆を強める。
✅ 「自分の仕事の美しさに誇りを持てることは、何よりの成長」
- 仕上がった“成果物”が自分でも誇らしいと感じられる瞬間が、真の職業的満足。
8. ビジネス用の心得タイトル
「任されて悩み、応えて誇る──不安の先にある“仕事の美”」
この章句は、「信頼されて任された人が、結果を出し、振り返って感謝する」までの流れを描いた非常に人間味のある場面です。
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