主旨の要約
弟子の樊遅が、徳を高め悪を取り除き迷いを解く方法を尋ねたところ、孔子は「やるべきことを優先し、利益は後回しにすること」「自分の過ちを省みて、他人を責めないこと」「一時の怒りで身を滅ぼし、親をも巻き込むような愚行を慎むこと」が、それぞれ徳・悪・迷いを修める道だと教えた。
解説
この章句は、人としての在り方を磨く三つの柱――徳・慝(とく/内なる悪)・惑い――をどう修養すべきかを孔子が明確に答えた重要な教えです。
【背景】
弟子・樊遅が孔子と共に「舞雩(ぶう)=雨乞い台のある広場」を散歩中に問いを投げかけます:
「どうすれば、徳を高め、心の悪を取り除き、迷いを見分けることができるでしょうか?」
孔子の答えは、非常に具体的で実践的です。
【1. 先に事を行い、得るを後にする → 徳を崇ぶ道】
「先事後得、非崇德與」
まずすべきこと(=義務・役割・本分)を果たし、報酬や評価(=得)はその後に受け取るという姿勢。
これは、損得勘定ではなく、道理に基づいて行動することが徳を高める道であるという教えです。
【2. 自分の悪を攻め、他人の悪を攻めない → 慝を脩む道】
「攻其惡、無攻人之惡、非脩慝與」
他人の悪を責める前に、自分の過ちを省みて正す。
内省によってこそ、**心の奥に潜む悪を取り除く(脩慝)**ことができると説いています。
【3. 一時の怒りで身を誤る → 迷いである】
「一朝之忿、忘其身、以殃其親、非惑與」
一瞬の怒りで我を忘れ、自分だけでなく親や家族にまで害を及ぼすこと――
これは、迷い(惑い)の極致であり、冷静な思慮を欠いた愚行であるという厳しい警句です。
引用(ふりがな付き)
樊遅(はんち)、従(したが)いて舞雩(ぶう)の下(もと)に遊(あそ)ぶ。曰(いわ)く、敢(あ)えて徳(とく)を崇(たか)め、慝(とく)を脩(おさ)め、惑(まど)いを弁(べん)ずるを問(と)う。
子(し)曰(いわ)く、善(よ)いかな、問いや。事(こと)を先(さき)にして得(う)るを後(のち)にす。徳を崇ぶに非(あら)ずや。其(そ)の悪(あく)を攻(せ)め、人(ひと)の悪を攻むること無(な)きは、慝を脩むるに非ずや。一朝(いっちょう)の忿(いか)りに其の身(み)を忘(わす)れ、以(もっ)て其の親(しん)に殃(わざわ)いを及(およ)ぼす。惑いに非ずや。
注釈
- 崇徳(すうとく)…徳を高める。道義や人格を磨く努力。
- 脩慝(しゅうとく)…心の奥に潜む悪(慝)を修め、取り除くこと。
- 辨惑(べんわく)…迷いを識別し、正しい道を見極めること。
- 先事後得(せんじ ごとにして のちにう)…まず本分を尽くし、その後に利益を得ようとする順序の正しさ。
- 一朝の忿(いっちょうのいかり)…一時の怒り。感情に任せての行動。
パーマリンク(英語スラッグ案)
put-duty-before-gain
(義務を利益より先に)correct-yourself-not-others
(他人より自分を省みよ)anger-blinds-wisdom
(怒りは知恵を曇らせる)
この章句は、現代社会における「利己主義」「他責傾向」「感情的衝動」への警鐘ともいえる名言です。
孔子は、まず自分を律し、義を貫き、感情に流されずに生きることが、徳を養い、迷いを断つ道だと、静かにしかし力強く説いています。
1. 原文
樊遲從於舞雩之下。曰、敢問崇德脩慝辨惑。
子曰、善哉問。先事後得、非崇德與。
攻其惡、無攻人之惡、非脩慝與。
一朝之忿、忘其身、以害其親、非惑與。
2. 書き下し文
樊遅(はんち)、舞雩(ぶう)の下に従う。曰く、
「敢(あ)えて徳を崇(たか)め、慝(とく)を脩(おさ)め、惑(まど)いを弁(わきま)うることを問う。」
子(し)曰(いわ)く、
「善(よ)き哉(かな)、その問いや。
事(こと)を先にして得(う)るを後(のち)にす。崇徳に非(あら)ずや。
其の悪を攻(せ)めて、人の悪を攻めざる。脩慝に非ずや。
一朝(いっちょう)の忿(いか)りに、その身を忘れて、以て其の親を害(そこな)う。惑いに非ずや。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「先に事をし、得ることを後にする」
→ まず人のために行動し、報酬や見返りは後からでよいという姿勢。
→ これこそ「徳を高める」ことではないか。 - 「自分の悪を攻めて、人の悪を攻めない」
→ 他人を批判するよりも、自分の内面の欠点を改善すること。
→ これこそ「慝(=内なる悪)を修める」ことではないか。 - 「一時の怒りで身を忘れ、親にまで害が及ぶ」
→ 衝動的な怒りによって自他を害し、最終的に大切な存在にまで迷惑をかける。
→ これこそ「惑い」である。
4. 用語解説
- 樊遅(はんち):孔子の弟子。実直で質問好き。思索より実践重視の人物。
- 舞雩(ぶう):古代中国の祈雨の儀式。孔子と弟子たちが語り合った風景の象徴。
- 崇徳(すうとく):徳を高めること。
- 脩慝(しゅうとく):内なる悪(慝)を修める。自己の弱さや欲を正すこと。
- 辨惑(べんわく):混乱・誤り・迷いを識別し、正すこと。
- 一朝之忿(いっちょうのふん):一時的な怒り、感情の爆発。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
樊遅が孔子にこう尋ねた:
「どうすれば徳を高め、内なる悪を修め、迷いを見極めることができるでしょうか。」
孔子はこう答えた:
「すばらしい問いだ。
人より先に行動し、報酬は後回しにする──それが徳を高めるということではないか。
自分の悪を反省し、人の悪を責めない──それが内面の悪を修めるということではないか。
一時の怒りに身を任せ、自分の命を顧みず、それが親にまで害を及ぼす──これこそ迷いであろう。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**人格を磨くための「三つの行動指針」**を明快に示しています。
① 崇徳:利他の精神
- 損得よりも、先に行動して貢献する心こそ、徳を高める基礎。
- 奉仕・貢献の姿勢=真のリーダーシップ
② 脩慝:内省の力
- 他人の過失よりも、自分の悪に目を向けよ。
- 自責思考と継続的改善こそ、人格の基盤
③ 辨惑:衝動の克服
- 感情に支配されることの危険。怒りは、自分だけでなく大切な人をも傷つける。
- 感情を制御することは、人間完成の最後の関門
7. ビジネスにおける解釈と適用
(1)「先に動き、後で得る」=信頼の貯金
- すぐに見返りを求めず、先に貢献する人は、信頼とチャンスを得る。
→ 崇徳=ギバーの姿勢がリーダーを育てる。
(2)「自分を責めて、他人を許す」=健全な組織文化
- ミスを他責にせず、自身の至らなさを見つめることが、組織の透明性と安心を生む。
→ 脩慝=内省と責任感の文化づくり。
(3)「一時の怒りが組織を壊す」=EQの重要性
- 怒りに任せた言動は、信頼を壊し、組織の雰囲気を悪化させる。
→ 辨惑=感情制御能力=真のプロフェッショナリズム
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳を高め、悪を修め、心を整える──内なる修養が人をつくる」
この章句は、人間として、またリーダーとして“どうあるべきか”を三段構えで説いた、
極めて実践的かつ哲学的な教えです。
「先に行い、自分を省み、感情に流されない」。
それは現代の職業人・管理職・経営者にも通じる、人格形成の黄金律です。
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