孟子は、伯夷(はくい)の清廉潔白な生き方を称え、その人格に触れるだけで欲深な者も清くなり、臆病な者も志を立てるようになると述べた。
伯夷は、ただ不正を避けたのではなく、時勢に応じて進退し、礼をもって交際の是非を定める徹底した人倫主義者であった。
その潔癖さはまさに「塵にまみれた俗人の中にあってはならぬ」とする覚悟の表れであり、人の心を正す力を持った道徳的範として今に伝わる。
原文と読み下し
孟子(もうし)曰(いわ)く、
伯夷(はくい)は目(め)に悪色(あくしょく)を視(み)ず、耳(みみ)に悪声(あくせい)を聴(き)かず。
其の君に非(あら)ざれば事(つか)えず、其の民に非ざれば使(つか)わず。
治(おさ)まれば則(すなわ)ち進(すす)み、乱(みだ)るれば則ち退(しりぞ)く。横政(おうせい)の出(い)づる所、横民(おうみん)の止(とど)まる所、居(お)るに忍(しの)びざるなり。
郷人と処(しょ)るを思(おも)うこと、朝衣朝冠(ちょういちょうかん)を以(もっ)て、塗炭(とたん)に坐(ざ)するが如(ごと)し。紂(ちゅう)の時に当たり、北海(ほっかい)の濱(ひん)に居(お)り、以(もっ)て天下の清(きよ)むを待てり。
故(ゆえ)に伯夷の風(ふう)を聞く者は、頑夫(がんぷ)も廉(けん)に、懦夫(だふ)も志(こころざし)を立(た)つる有(あ)り。
解釈と要点
- 伯夷は、目や耳に触れるものから邪(よこしま)を退ける徹底した人物であった。
- 君主や民が正しくない限りは一切仕えず、用いず。政治が正しければ参加し、乱れていれば退いた。
- 俗物と交わることを、礼装で泥沼に座すような恥辱と捉え、道義を最優先する人生を貫いた。
- 暴政を行った殷の紂王の時代には、北海のほとりで身を隠し、天下が清まるのを待った。
- このような潔さに触れると、どんなに欲深な人も清くなり、臆病な者も奮い立つというほどの感化力を持っていた。
注釈
- 伯夷(はくい):殷末から周初にかけての人物。弟の叔斉とともに「義を貫いた聖人」として儒家に尊ばれる。
- 悪色・悪声:淫らな視覚や聴覚に訴えるもの。俗悪な風俗や音楽の意。
- 横政・横民:専横な政治と、無礼な民。道義を無視した秩序。
- 朝衣朝冠:出仕時の礼装。ここでは「礼にかなった姿勢」の象徴。
- 塗炭に坐す:泥や炭にまみれた場所に座る=極度の辱め。
- 頑夫(がんぷ):欲深で愚かな者。
- 懦夫(だふ):意志の弱い者。怯懦(きょうだ)な者。
パーマリンク(英語スラッグ)
pure-spirit-in-a-chaotic-world
→「乱世にあっても潔く生きる精神」を表現したスラッグです。
その他の案:
bo-yi-way-of-integrity
(伯夷の潔き道)virtue-inspires-virtue
(徳は徳を呼び覚ます)even-the-timid-find-resolve
(臆病者も志を立てる)
この章は、「人格の力が人を変える」という孟子の信念と、伯夷の生涯を通じた道義的感化力の象徴性を描いたものです。
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