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志をもって、天下に恥じぬ者たれ


一、章句(原文)

一鼎に逢ふて、「お家などの崩るると云ふ事は末代までこれなく候。仔細は、生々世々、御家中に生れ出で、お家は我一人して抱留め申す」と申し候へば、「大胆なる事を申す」と笑ひ申され候。二十四五の時の事なり。卓本和尚に一鼎申され候。「お国に変りたる者出来申し候。昔恥かしからぬ」と話し仕られ候と、承り申し候出家物語なり。


二、現代語訳(逐語)

自分が二十四、五歳の頃、佐賀藩の学者・石田一鼎にこう語った――
「鍋島家が滅ぶことなど、末代までもありえません。なぜなら、私は生まれ変わってでも何度でも家中に仕え、一人であってもこのお家を守り続けてみせます。」

これを聞いた一鼎は、「大胆なことを言うものだ」と笑った。

しかし後に、一鼎は山本家の菩提寺・龍雲寺の卓本和尚にこう語ったという――
「お国に変わった者が出ましたぞ。昔の者にも劣らぬ人物ですな。」


三、用語解説

用語意味
一鼎(いってい)石田一鼎。佐賀藩の第一の儒者。常朝の師ともいえる存在。
生々世々(しょうじょうせぜ)生まれ変わっても、幾世代にもわたって、という誓いの表現。
抱留め申す(いだきとどめもうす)守り抜く。支え続ける。
変りたる者特異な人物。志や覚悟において、並外れた存在。
昔恥かしからぬ昔の偉人にも劣らない、誇れる存在。

四、全体の現代語訳(まとめ)

常朝はまだ若くして、「自分一人でも鍋島家を守り続ける」と、他者が躊躇するような誓いを口にした。
これは単なる虚勢ではなく、生涯をかけて主家に尽くすという「志の表明」である。
一鼎は一笑に付したものの、その裏にある真の覚悟と気概を見抜き、「変わり者が出た」と賞賛の言葉を残している。


五、解釈と現代的意義

この章句に表れているのは、「若さ」と「大志」と「覚悟」の結晶です。

常朝のこの言葉は、現代でいえば「たとえこの会社が傾こうとも、私は何度でも立ち上がり、再建してみせる」というような強烈な忠誠心と責任感の表明にあたります。

ここで重要なのは、自分一人でも支え抜くという当事者意識
誰かがやるだろうではなく、「われこそがやる」という覚悟の姿勢です。
また、この言葉が放たれたのは、まだ二十代半ばという若さ。
その若さであっても、志の大きさに年齢は関係ないということを示しています。


六、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

項目解釈・適用例
リーダーシップ「自分が最後の砦である」という意識を持つことで、チームの求心力が生まれる。
若手の成長促進年齢や経験にとらわれず、信念を持って発言し行動することが、未来を切り拓く。
企業文化忠誠や信頼は命令ではなく、「志の共有」から育まれる。
継承と責任組織の持続性は、「我一人でも守る」という人材がいるかにかかっている。

七、心得まとめ

  • 志とは、誰かに指示されたものではなく、自らが立て、自らに誓うものである。
  • 若くして大言を吐くことは、恥ではない。真の覚悟があれば、やがてそれは賞賛される。
  • 組織の未来は、「われこそは」と名乗りを上げる者によって切り拓かれる。
  • 笑われてもよい。信念を口にし、実践することが、人を動かし、時代を変える。

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