財産や地位を手にしているときほど、
「これが失われたとき、自分はどうなるのか?」ということを思い、
今なお困窮している人たちの苦しみに寄り添える想像力を持つべきである。
また、自分が若く元気な時期にあるときほど、
必ずやってくる老いや衰えの辛さ・不自由さを忘れずに、
それを先取りして想像し、いたわる心を養っておくことが必要である。
つまり、「絶好調は長くは続かない」ことを前提に、
先を見据えた心の準備と、他者への共感力を養う――それが人としての成熟であり、
驕らず、備え、思いやるための智慧である。
儒学者・佐藤一斎も『言志四録』の中で、
「予め思い、備えることは患いを除く」とし、「予楽(よらく)」――将来への備えを楽しむという姿勢をすすめている。
これは単なる不安対策ではなく、「将来のために今を慈しむ」積極的な人生観であり、『菜根譚』全体の精神にもつながる。
原文(ふりがな付き)
「富貴(ふうき)の地(ち)に処(しょ)しては、
貧賤(ひんせん)の痛癢(つうよう)を知(し)らんことを要(よう)す。
少壮(しょうそう)の時(とき)に当(あ)たりては、
須(すべか)らく衰老(すいろう)の辛酸(しんさん)を念(おも)うべし。」
注釈
- 富貴の地に処して:財産や地位のある立場にあること。
- 痛癢(つうよう):痛みとかゆみ。苦しみや不快さを表す。困窮者の苦悩。
- 少壮(しょうそう):若く元気な年ごろ。
- 衰老(すいろう):年を重ね、衰えていくこと。
- 辛酸(しんさん):つらさ、苦しみ。老いにともなう生活の不自由さや孤独など。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
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(繁栄は永遠ではない)remember-the-poor-and-the-old
(貧しさと老いを思え)empathy-through-impermanence
(無常を通じて思いやりを)
この条は、人生において「今の状態がずっと続くわけではない」ことを、
悲観ではなく慎みと感謝の土台とするための叡智に満ちています。
思いやりとは、想像力の積極的な実践である。
だからこそ、若くて順調なときにこそ、備えと共感のこころを持って生きたいものです。
1. 原文
處富貴之地、須知貧賤之痛癢。
當少壯之時、須念衰老之辛酸。
2. 書き下し文
富貴の地に処しては、貧賤(ひんせん)の痛癢(つうよう)を知らんことを須(もち)う。
少壮(しょうそう)の時に当たりては、衰老(すいろう)の辛酸(しんさん)を念(おも)うべし。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)
- 「富や地位のある立場にいるときこそ、貧しく困っている人の痛みやかゆみ(苦しみ)を理解しようとしなければならない」
→ 恵まれているときにこそ、恵まれない人の気持ちに目を向けることが大切だ。 - 「若く元気な時期にこそ、老いて弱る時期の苦労やつらさを思いやるべきである」
→ 健康や活力に満ちたときに、将来の弱さや困難に備える意識を持つべきだ。
4. 用語解説
- 處富貴之地:金銭や地位に恵まれた立場にあること。社会的上位者や成功者を意味。
- 貧賤(ひんせん):経済的にも身分的にも恵まれない状態。弱者層。
- 痛癢(つうよう):痛みやかゆみ。ここでは困窮・苦しみのたとえ。
- 少壮(しょうそう):若く元気な時期。体力・気力に満ちている年頃。
- 衰老(すいろう):老いて衰えた状態。
- 辛酸(しんさん):苦労やつらさのたとえ。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
地位や富に恵まれているときこそ、困窮する人々の苦しみを理解すべきである。
また、若く健康なときにこそ、老いとともに訪れる苦労や辛さを思い、備えなければならない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「優位にあるときこそ、弱き者を思うべし」という逆境への想像力と未来への備えを説いています。
- 人は、富や若さ、力があるとき、つい傲慢になり、他者の痛みに鈍くなる。
- しかし、社会の持続や人としての成熟には、「自分が今そうでないからこそ見ようとする意志」が不可欠です。
- 未来への備えと、他者への想像力を持つことで、人としての深みと共感力が生まれるのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
●「成功している時ほど、顧客や部下の“声なき痛み”を感じよ」
- 高い地位にある人が、現場の苦労や取引先の困難を理解しなければ、組織は空洞化する。
- 現場の痛癢(かすかな違和感や不満)に気づく感度が、リーダーとしての真価。
●「若いときの傲慢を戒め、将来への備えを意識する」
- 若さにまかせて無理をしない。キャリアプランや健康への備えを今から始めるべき。
- 若者ほど老いを学び、上の世代に学ぶことで、真にバランスの取れたプロフェッショナルに成長できる。
●「経営者の持つべき“弱者への想像力”」
- SDGsやDEI(多様性・公平性・包括性)が重視される今、社会的優位性を持つ者こそ、弱者へのまなざしを持つべき。
- この姿勢が、持続可能で信頼される組織文化を育む。
8. ビジネス用の心得タイトル
「強き時にこそ、弱さに思いを──未来と他者を見据える想像力」
この章句は、現代においても極めて有効な「倫理的リーダーシップ」の要諦を伝えています。
- 社会的地位が上がるほど「共感の欠如」が生まれやすくなります。
- 若さと体力に恵まれているときほど「未来への備え」がおろそかになります。
それを静かに戒め、未来と他者を思う視点を求める本句は、まさに「徳を持って人を導く」真のリーダーの教えです。
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