A社は衣料品を取り扱う小売チェーンを運営しており、市場シェア拡大を目指して急速な店舗展開を進めている。この店舗拡大にあたり、土地を購入して新規に建設する方法、土地を借りて店舗を新築する方法、既存店舗を借りる方法の3つの選択肢があった。
それぞれの選択肢には利点と課題があるが、特に「利益率を優先するべきか、それとも資金効率を重視するべきか」という判断が経営戦略の分岐点となった。
投下資本と利益率のトレードオフ
試算の結果、土地を購入して店舗を建設する場合は最も高い投下資本が必要であり、既存店舗を借りる方法が最も低コストであることが分かった。
一方で、売上高経常利益は土地を購入したケースが最も高く、既存店舗の借用が最も低い。この結果だけを見ると、土地購入が利益率の面で優れているように思えるが、資金効率の観点からは必ずしも最適とはいえない。
財務指標を詳しく分析したところ、経常利益率が高い場合、投下資本回転率は低くなる傾向が明らかになった。
一方で、投下資本回転率が高い場合には経常利益率が低下する。
このようなトレードオフを解消するために重要な指標が「投下資本利益率」だ。
この指標は、経常利益率と投下資本回転率を掛け合わせて算出され、総合的な効率性を評価する。
試算の結果、既存店舗を借りる場合の投下資本利益率が最も高く、土地購入に比べて約3.5倍の効率を示した。この結果を踏まえ、A社は既存店舗を借りることを第一選択肢とし、次に土地を借りて新築を行う方針を採用。土地購入は最後の手段とすることに決定した。
立地条件と財務効率の相関
この方針は財務的な観点からは妥当だが、立地条件という要素を無視することはできない。立地条件が悪ければ、どれほど財務効率が高くても経常利益の確保は難しくなるため、結果的に投下資本利益率が低下する。
このため、立地条件を考慮したうえで投下資本と損益の予測を行い、予測される投下資本利益率が基準値(例:10%)を下回る場合には出店を見送るという明確な基準が必要だ。
資金効率を無視したリスク
資金力が限られている企業ほど、安易に土地を購入して店舗を建設し、家賃を回避する選択をしがちだ。しかし、土地購入によって巨額の資金が固定化されることで、資金繰りのリスクが高まる。
この短絡的な判断は、事業全体の健全性を損なう恐れがある。一方で、資金力の豊富な企業や市場占有率をあまり必要としない業種では、資金効率が多少悪くても問題とならない場合もある。
しかし、チェーン展開を競う業界では、投下資本利益率や総資本利益率の高さが競争力の鍵となる。これを見落とすと、わずかな市場変動や不況による売上減少で深刻な資金不足に陥るリスクが高まる。
長期的な成長のために
資金効率を重視し、適切な意思決定を行うことは、短期的な利益確保以上に重要だ。
不況や市場変動が起きても、資金効率を考慮した経営戦略は企業の安定性を確保する。A社が示したように、利益率だけでなく資金効率も見据えた戦略的な選択は、競争に勝ち抜き、持続的な成長を支える鍵となる。
利益率か資金効率か。この問いに対する答えは、企業の状況や業界特性によって異なるが、A社の事例は、そのバランスを取るための重要な指針を提供している。
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