A社は衣料品を扱う小売業を展開している。市場シェアを確保するには、チェーン店の拡大を急ピッチで進める必要性を強く感じていた。店舗拡大にあたり、土地を購入して新規に建設する方法、土地を借りて店舗を新築する方法、あるいは既存店舗を借りる方法のどれを中心に据えるべきかを明確にするため、具体的な数値に基づく検討が求められていた。
方針を誤れば、チェーン店の展開に支障をきたすだけでなく、資金繰りの危機を招く可能性がある。こうした懸念から、社長は店舗面積を百坪と仮定し、先述の二つのケースについて試算を行った。その結果が〈第47表〉に示されている。
三つのケースについて、投下資本、損益計算、財務比率の比較を行った。その結果、投下資本は土地を購入した場合が最も大きく、既存店舗を借りた場合が最も小さい。一方で、売上高経常利益は土地を購入したケースが最も高く、借りた店舗を利用するケースが最も低いことが明らかになった。
ここが判断の分かれどころだ。利益率の高さを優先するか、それとも投下資本の少なさを重視するか。この決定には財務比率の分析が欠かせない。財務比率を確認すると、経常利益率が高い場合は投下資本回転率が低くなり、逆に投下資本回転率が高い場合は経常利益率が低くなる傾向がある。そこで判断材料として有効なのが、経常利益率と投下資本回転率を掛け合わせて算出する投下資本利益率だ。この指標を用いることで、最も効率的な選択肢を見極めることができる。
最下段に示されているのがその投下資本利益率だが、結果は一目瞭然だ。既存店舗を借りた場合が最も高い数値を示し、土地を購入した場合と比較すると、その効率は実に3.5倍にも達している。
A社が決定した方針は、まず既存店舗を借りることを第一とし、次に土地を借りて店舗を新築することを選択肢とした。この二つが難しい場合に限り、土地を購入するという順序だ。この方針は、あくまで財務的な観点から導き出されたものである。ただし、財務的にどれほど有利であっても、立地条件が悪ければこの基準は適用されないことは言うまでもない。
立地条件が悪ければ、経常利益を確保することが難しくなるのは当然であり、その結果として投下資本利益率も低下してしまう。立地条件の影響は財務指標にも直結するため、この点を無視するわけにはいかない。
立地条件が悪ければ、経常利益を確保することが難しくなるのは当然であり、その結果として投下資本利益率も低下してしまう。立地条件の影響は財務指標にも直結するため、この点を無視するわけにはいかない。
したがって、立地条件を考慮したうえで投下資本と損益の予測を行い、予測される投下資本利益率を算出することが重要となる。この予測値が基準値(たとえば10%)を下回る場合には出店を見送る、というような明確な方針を定めることが求められる。こうした基準を設けることで、無駄な投資を防ぎ、効率的な経営を実現できる。
資金力の乏しい企業は、こうした計算を怠りがちで、安易に土地を購入して店舗を建設し、地代や家賃の支払いを避けようとすることが多い。確かに、地代や家賃を支払わなければ経常利益率は一見向上する。しかし、これによって巨額の資金が固定化され、資金繰りに大きな負担を強いるリスクを見落としている。この短絡的な判断が、結果として事業全体の健全性を損なう原因となる。
多額の資金を蓄積しており、市場占有率をそれほど必要としない業種――たとえば宝飾店や美術工芸店のように、一つの地域に少数しか存在しない業種――であれば、資金効率が多少悪くても問題とならない場合もある。しかし、市場占有率を競い、チェーン店の展開が欠かせない業種では、投下資本利益率、さらに言えば会社全体での総資本利益率の高さが絶対的な重要性を持つ。この点を決して見落としてはならない。効率的な資金運用こそが競争を制し、持続的な成長を支える鍵となる。
この原則を忘れると、わずかな見込み違いや不況による売上減少で、深刻な資金不足に陥るリスクが高まる。ある程度の利益を確保できていれば、その後は資金運用を最優先し、市場占有率の向上に注力することが重要だ。資金繰りを安定させつつ、競争力を高める戦略が、長期的な成功を左右する鍵となる。
利益率と資金効率の選択において、A社が行った検討は次のような流れでした。
- 三つの選択肢:
- 土地を購入して店舗を新築
- 土地を借りて店舗を新築
- 既存の店舗を借りる これらの選択肢ごとに、投下資本の額や売上高、経常利益率、資本回転率などが異なるため、各パターンを比較しました。
- 財務比率の分析:
- 経常利益率は土地を買って新築する方が高く、既存店舗を借りる方が低い傾向にありました。
- 投下資本回転率は、土地を買わずに借店舗の場合のほうが高くなり、投資効率が良いと判断されました。
- 投下資本利益率の活用:
- 各パターンの「経常利益率 × 投下資本回転率」により算出した投下資本利益率を比較すると、既存店舗を借りるケースが最も高く、資金効率に優れていました。
- これに基づき、最優先は「既存店舗を借りる」、次に「土地を借りて店舗新築」、最終的な選択肢として「土地を購入して新築」を採用する方針としました。
- 立地条件の重要性:
- 財務的に最適でも、立地条件が悪ければ出店はしない方針とし、立地条件を加味した資本利益率基準を設定しました。
- 市場占有率の観点からの効率重視:
- 市場シェアを重視する業種においては、総資本利益率の高い選択が重要であり、資金効率と利益率のバランスを重視する必要性が再確認されました。
A社の方針は、店舗展開を資金効率重視で進めることで、安定的な成長と市場シェアの確保を両立するものとなりました。このように、出店に伴う資金効率と利益率のバランスは、業種や市場戦略によって重要な決定基準になります。
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